「”幸せ”の採点基準」・・・17/03/05
フィギュアと言えばここを見ている”ご同類”の認識は「人物やキャラクターのミニチュア(萌え〜)」でしょうが、一般的には「スケート」ですよね。
 
では何でフィギュアスケートと言うか、それは「リンクの上に図形(フィギュア)を描くように滑る」からです。そして審査員が「リングに描かれた模範図形を上手にトレースできたか」とか「その時の滑走姿勢が正しいか」などを見て点数をつけます。

「そんなことやっていないじゃないか」
とおっしゃるかもしれませんが、昔はこの「コンパルソリー」が重視されていて、それに「フリースタイル」の点数を加えて順位が決まる仕組みだったんです。

何で今やっていないか。それはコンパルソリーは地味で観客も呼べないし、テレビ放映にも馴染まない。だからスポンサーが好まないから・・・かな。

札幌オリンピック(1972年)の影響もあったはずです。  
札幌で金を取ったのはベアトリクス・シューバですが、何と彼女のフリーは7位。コンパルソリー1位の貯金で逃げ切ったのでした。
高校生だった私もテレビで見ていましたけど、確かにシューバのフリーは面白くもなんともなかった。

フリー1位はジャネット・リンでした。彼女はコンパルソリーが不得意で(4位)結局銅メダルに終わりましたが、ジャンプしてもかわいい、転んでも笑顔がかわいいと一躍人気者になったのです。

「ルールはルールだけど、何かすっきりしない。我々観客の中での金はジャネット」
の声がコンパルソリー廃止の後押しになったと思います。

このように採点ルールが変わってしまう理由、それはフィギュアや体操などの演技スポーツは人が優劣を決めているからです。演技レベルをきちんと審査できるのはそのジャンルの専門家だけでしょうけど、一般の素人はそこに異をとなえたくなる。
それは一般人が演技を「感動」で評価しているからです。「感動」というあやふやな要素は数値化しにくいため、専門家と素人双方が満足するルールを作るのが難しいのだと思います。

逆に審査員の斟酌を考慮しなくて良いスポーツもあります。100m走は0.01秒でも先にゴールした方が勝ちですから判定は機械でも行えます。またサッカーは1点でも多くゴールした方が勝ちです。だからこれらのスポーツでは「審査員」ではなく、ルール違反を監視する「審判」がいるだけでOKです。


話を整理するとこうなります。スキージャンプのように記録と採点がミックスされるものもありますが、基本は三つ。
 
・記録競技・・・速さ、高さ、飛距離などを競い、良い記録を出した人の勝ち
 
・対戦競技・・・直接相手と対戦して打ち負かした方が勝ち
 
・採点競技・・・演技を審査員が評価し、一番高い点数を得た人の勝ち

競技数の割合は、私なりのカウントでは「記録:対戦:採点 = 5:3.5:1.5」くらいです。


さてスポーツはこんな感じですが、私達の生活の中にも競技的要素はたくさんあります。

受験や資格・・・記録競技
 大学入試、国家試験、簿記、Toeicなどはテストの点が高い方が良い。

シェア争い・・・対戦競技
 ライバル企業と競い合い、自分の強みを活かしながら相手の弱点を攻める戦い。

商売・・・採点競技
 ライバルより高性能で安価なものを作ったり、他店より「うまい・やすい・はやい」サービスができれば有利だが(記録競技・対戦競技)、最後は消費者の心を掴んだ商品・サービスが選択される。

異性にもてる、もてない・・・採点競技
 学歴、勤務先、年収、身長、体型など、数値化できる部分は記録競技。大抵はライバルがいるので対戦競技の要素もある。だが最後は会話が弾む、価値観が合う、見た目が良いなどが重要だから、総合的には採点競技。

出世・・・採点競技
 昇格試験や実績評価など記録競技的な要素もあるが、指導力や人徳、人脈で決まることが多い。

コンクール・・・採点競技
 映画、芸術、音楽、出版などで賞を受ける場合、表現技術の優劣や売上も大事だが、最後は審査員の心象で決まる。

他にも色々ありますが、こうやって思いつくものを並べていくと一般社会では採点競技が多いなと感じます。
「受験」や「シェア争い」などの記録競技、対戦競技は負けた時にその理由を説明しやすいです。だから次はどうやったら上手く行くかの対策も立てられる。

しかし採点競技の場合は
「どうしてあんな子を選んだのよ!! 私の方がずっとかわいいのに!! ねえ、どうして? どうして?」
とか
「今回のコンクールの結果には納得がいかない。あんなヘタクソな絵が特選なんて。俺の方が絶対上なのに」
なんてこと起きてくる。上手く行かなかった場合に次の一手も見えにくいので、人はもやもやしてしまう。だからこそスポーツでは、すっきりと結果が決まる記録競技、対戦競技が主流なのかもしれません。
 

スポーツにしろ商売にしろ、ライバル相手に競争しているからには勝者と敗者が出てきます。そもそも人は皆幸せを求めて頑張っているのに、勝ち負けがつくなら敗者は不幸せになるのでしょうか。

これはものすごく難しい問題なので限られた字数で語りきれませんし、そもそも
「本人が幸せと感じていていればその人は幸せなんだから、他人からとやかく言われる筋合はない」
という考えもあります。

「ぼろは着ててもこころの錦 どんな花よりきれいだぜ(水前寺清子「いっぽんどっこの唄」) 的価値感ですね。

ただここまでの話の流れは「人生は採点競技」なので、「幸せ」についても納得性のある評価基準を設けてみたい。 そこで色々な人が書いたものを読んだり、私の周りの人を眺め、最大公約数的に次の10個のチェック項目を提示することにします。
 

○精神的・肉体的に健康である
 
○自分は価値ある人間だと思っている
 
○経済的に安定している
   
○将来の見通しが立っている
 
○よい仲間、よい家族がいる
 
○仕事が楽しい、やりがいがある
 
○周囲とうまくやっている
 
○家族や親しい仲間達も幸せである
 
○時間を自分でコントロールできている
 
○刺激のある趣味やライフスタイルを持っている
 

項目にたくさん○をつけられた人が客観的にも幸せなんだろう・・・とする考え方です。

なお、事前にピックアップした候補の中で、悩んで外したものが二つあります。理由は以下の通りです。入れたい人は入れてください。

○信じる宗教・哲学がある・・・「信じる者は救われる」は「自分が幸せと感じていていれば幸せ」に近く、客観性がないのでカット!

○恋人がいる・・・恋愛は自分のコピーを増やしたいとする遺伝子自体のプログラム発動で引き起こされた「一時的熱病」。また恋愛中のカップルが必ずしも幸せとは限らないのであえてカット!

と言うわけで、ピックアップした10項目を自分に当てはめると・・・、どっちか迷うものもありますが、8個以上でもないし4個以下でもない、こんな感じでした。

以上の考えが正しいのなら、もっと幸せになりたければ○をつけられなかった項目を一つずつ解決してゆけば良いのだと思いますが、そう簡単には行かないのが人生ですね。

ただ「幸せ追求」という「種目」が他と違うのは、誰かが勝てば必ず誰かが負けるものではなく、メダルの数に制限がないことです。  
特に
「周りの人が幸せだと自分も幸せ」
は普通の競技とは異なります。

まあ中には
「他人の不幸は蜜の味」
と考える人もいるかもしれませんし、自分もそういう暗黒面に陥る時がないわけではありませんが、そんな時はまだまだ修行が足りないと思うように努めています。

ちなみに10項目の中に
○刺激のある趣味やライフスタイルを持っている
を入れたのは、自分が有利になるためですから!



「仕事ですから
」・・・17/02/24
”シン・ゴジラ”を見た人はご存知でしょうが、あの中に
「礼はいりません、仕事ですから」
という名セリフがあります。

ゴジラ凍結を目指す「矢口プラン(巨大不明生物の活動凍結を目的とする血液凝固剤経口投与を主軸とした作戦要綱)実行のため全力で準備を整えた自衛隊に対し、内閣官房副長官 矢口蘭堂(長谷川博己)が
「ありがとうございます」
と礼を言った際、統合幕僚長 財前正夫(國村隼)が発した言葉です。

私含め、ここを見ている人達の多くは何らかの仕事をしていると思いますが、考えてみると仕事で頑張っても「ありがとう」と言われることは滅多にない。

かと言って、珍しく同僚や部下から「ありがとうございます」と言われたらどう答えるだろう。
「おう、今回はお前らのためにすげー頑張ったんだ。感謝してもらって当たり前だよ」
とは、思っていてもなかなか言わないでしょう。

「いやいや、礼なんかいいんだよ。仕事だからさ」
と答え、後で一人になった時に
「今の俺、かっこ良かった〜!」
とニヤニヤするんじゃないでしょうか。

でもそんな機会は滅多にないから映画のあのセリフにぐっと来るんでしょうね。

「仕事ですから」がどんな場面でかっこいいだろうと考えてみると、例えばこんなシチュエーションが思い浮かびます。

「この大雪の中、時間通り荷物を持ってきてくれてありがとうございます。今日は無理だろうとあきらめていたんですよ」
宅配便のドライバー 「礼はいりません、仕事ですから」

「給湯器がいきなり壊れて今日はお風呂に入れないんじゃないかと思っていたんです。こんなにすぐ直しに来ていただけるとは」
修理業者 「礼はいりません、仕事ですから」

ただ、全ての仕事にこのセリフが馴染むものではないようです。

「今日の葬儀では素晴らしいお経とご法話をありがとうございました。おかげで主人も安らかに旅立っていけたと思います」
住職 「仕事ですから」

「ウチの○○ちゃんは人見知りで、保育園に行ったら泣いてばかりいるんじゃないかと心配でしたが、毎朝”今日も△△先生と遊べるね。楽しいね”って言うんです。いつも良くしていただいてありがとうございます」
保育士 「仕事ですから」

ぶち壊しになっちゃいますね。

なぜそうなのか、両者の境い目はどこかは何となくイメージできます。
ただおそらくですが、世の中の仕事の過半数は前者。普段やっていることは社会や組織を恙なく回すのに貢献しているんだけど、周りからはそれが当たり前だと思われて滅多に賞賛されることがない。

だからたまには感謝されたいんですよ、我々は。

ちなみに「趣味」ですけど、こっちは同じ趣味を持つ仲間の間では
「わーい!」 「すごーい!」 「たーのしー!」
って言葉が飛び交っていると思います。だから趣味は大事だと思うのです。


「〇
万年に1人の美少女」・・・17/01/19
こだわり道場のキャッチフレーズは「おバカなエッセイ」なんですが、最近は真面目な話ばかり書いているので、たまにはへロっとアホネタが書きたくなっちゃいました。

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さて、1月16日に配信されたJ-CASTニュースに、こんなタイトルの記事がありました。

今度はAKBに「2万年に1人の美少女」 「1000年に1人〜」とどちらがカワイイ?

日本で年間どのくらいのアイドルやタレントがデビューしているかは知りませんが、人々に記憶されるためには
「要するに〇〇ちゃんの売りは何ですか?」
が重要になりますよね。

特にアイドル方面では芸事より「どれほど美少女か」「どんなキャラか」が優先されますので、それを一言で説明できる印象的なキャッチフレーズが見つかると嬉しい。
”『2万年ちゃん』こと小栗有以”はそんな答えの一つでしょう。

ただ記事には「〇年に一人」という表現はこれまでもあったと書かれています。

要約するとそれは

・後藤真希(1999) 「10年に1人の逸材」
・橋本環奈(2013) 「1000年に1人の逸材」
・滝口ひかり 「2000年に1人」
・齋藤飛鳥 「4000年に1人」
・太田夢莉 「1万年に1人」

だそうです(みんなはもっと知っているよね)

なお記事の最後は

「2万年前」は、1万5000年前ごろに始まったとされる縄文時代よりもさらに古く、「最終氷期」(7万年前〜1万年前)にあたる。

で締めくくられていますが、わざわざこの一文を書いた人の気持ち・・・わからんでもない。  

差別化に時間軸を使う手法ですが、「10年に1人」とか「今年一番の」なら少しは真面目に考える気にもなるものの、千年、万年だともうこれはネタレベル。
となればいくら年数を増やしても、最初に「1000年に1人の逸材」と言われた橋本環奈のインパクトを超えるのは無理と思われます。  

 

ちなみに「〇万年」の上限ですが、ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」によれば

「人類は7万年ほど前の認知革命によって国家、宗教、企業、貨幣、法律、自由などの虚構を信じる力を得て地球を支配した」

らしいので、アイドルという「虚構」も7万年以前には概念自体が存在しなかったことになる。

だからこの先「10万年に一度の美少女」が出てきても、それはないぞと突っ込もうと思っています・・・って真面目に考える話ではないですが。

 

 

 

 

 

さて「〇年に1人」は時間を単位とした差別化表現でした。では別の単位はないのかと探してみましたが、あんまり思いつかないですね。

〇金額・・・高い方が上。ただし10億円とか1兆円のように 無節操に増加するとは思えないので主流にはならないだろう。ちなみにこの表現手段の草分けとして「600万ドルの男(海外の古いテレビ番組)がある。
  
一億円のシンデレラ(榊原郁恵)
 1億円の瞳(田中美奈子)
100万ドルの微笑(石野真子)

〇人数・・・多い方が上。ただしこれも日本の人口が上限かな。
  
一億人の妹(大場久美子) 
100万人の妹(嶋田怜未)
1億人のクラスメイト(伊藤麻衣子)

〇電圧・電流・電力・・・美人を見て「雷に打たれたよう」とか「一目見た瞬間、ビビっと電流が走った」という表現もあるので、曲名ではあるけど「君のひとみは10000ボルト」は秀逸。
ただし電気(特に電流)は感電死の危険と隣り合わせなので、むやみに高められない。

〇長さ・・・一人発見。ちなみに300万光年は地球とウルトラの星との距離。
  
「300万光年に一人の美少女(百川晴香


また単位にこだわらなければ「地上最後の究極アイドル(浜田彩加)」、「岡山の奇跡(桜井日奈子)」、「神に選ばれし美少女(齋藤飛鳥 ・・・さっき4000年に一人とも言っていた)などは、そこまで言うのなら見てみたいと思わせる力は感じます。
例えば「天空の贈りもの」、「神の光に触れた逸材」、「神の手に導かれし美少女」などの方向性は、今後も色々出てきそうです。 言った者勝ちですから。

さらに最近のトレンドを取り入れれば「前前前世から待っていたアイドル」「この世界の片隅で見つけた美少女」も考えられますが、流石に便乗商法と揶揄されるでしょう。
 

というわけで私も最後に一つ、お勧めのキャッチフレーズを提案します。 「〇年に1人」「〇億人の〇〇」「〇億円の〇〇」などが注意を引きつけるのは、人には「物差し」を使って優劣を決めたい本能があるからと考えるので、「論理的」に考えた ベストなキャッチはこうなりました。

観測史上最高の美少女



私、キュレてませんから」・・・16/12/17
一年ほど前にここにアップし、三ヶ月ほどで消した記事がありました。 内容は

某企業が運営するキュレーションメディアに画像が勝手に使われていて面白くないよ

てな感じです。

企業の名前やどの画像かは明らかにはしませんでしたが、三ヶ月で消したのはネガティブな記事をいつまでも残すのも何だかな〜と思ったからです。

ところが最近いわゆる「WELQ問題」が発生、ドタバタの末に「DeNA」が運営する10種のキュレーションメディアが非公開になる騒ぎがありました。概略は皆さんもご存知かと思います。
非公開化された10種のメディアの中には私の画像を無断利用した「iemo」も含まれていましたので、皆さんの参考になればと思い、経緯を淡々とまとめておきますね。

 

ページはこれです。画像は当時押さえておいたキャッシュ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



缶スプレーが並んでいる写真は、私が行きつけの模型屋さんで公開の許可も得て撮影したもの。


私のサイトではここに使われています。

 

 

 

 

 

 

 

 

利用について「iemo」側からは一切連絡を受けていません。
 
あちらのページの非公開化直前のページビューは27000弱でした。おそらくその記事を書いたライターやDeNAは閲覧数に応じ何らかの収入を得ていたと思います。

画像はページを開く都度、私のサイトから呼び出される仕組みになっていました。それを知らずに私が画像を消したり、逆に画像に「 無断利用はおやめください」と文字を入れれば、あちら側にもそのまま反映されることになります。そういう危うい利用方法です。

この行為は違法とまでは言えないようです。画像をコピーして自分のサイトに置いたのなら泥棒(著作権法上の複製) でしょうが、今回は画像を都度呼び出しているし、引用元として私のサイトのアドレスも紹介されているからです(嬉しくなんかないけどね)。

だから私サイドの実質的な被害はありません。私が契約しているサーバに余計な負担をかけることにはなりますが、微々たるものですし。



ではなぜこういう行為が嫌われ、今回のように社会的な問題になっているのか。

医療系情報を扱っていた「WELQ」の場合は、記事内容の不確かさが人の健康や生命にも悪い影響を与えかねない緊急性がありましたが、それは特殊なケース。

みんなが怒っている理由は

「他人の努力の成果を勝手に掠め取り、楽して金儲けしているのはフェアではない」

と感じたからでしょう。

私も含め、ここを見ている人の多くは何らかの仕事をしてお金を稼いでいると思います。妻帯者なら妻や子に”ひもじい”思いをさせないためにも給料が百円でも千円でも上がってほしい、それが切実な願いでしょう。

そのためのまっとうな流れとかモチベーションは、例えば会社(勤め人)の場合はこうですよ。

良い商品を作り、良いサービスを実行する → お客に支持される → 売れる → 会社が儲かる → 給料が上がるかも

ネット上のメディアも同じでしょう。

良い記事を書く → アクセスが増える → 広告収入が増える → 給料が上がるかも

でも問題となったキュレーションメディアは流れが逆。

儲けたい → サイトのアクセスを稼いで広告収入を増やそう → 検索で上位に来るように最適化した記事を量産すればいいじゃん。量産するにはあちこちのサイトからコンテンツをパクればいいじゃん

それは順序が違うんじゃないですか? そんな商売、お天道様(おてんとさま)に顔向けできるんですかってことですね。

こういうキュレーションメディアにコンテンツをごっそり持って行かれた人は多数いるようです。それに比べれば私の例なんか全然大したことではありませんし、怒っているわけでもない 。世の中にはこういう人たちもいるんだな、勉強になったなって・・・むしろ感謝しているくらいです(超ポジティブ思考)。

 


「音楽にはまっていた時期もありました
」・・・16/12/10
しばらく前のこと。たまたま用事があって近くの公民館みたいなところに行ったら、一室から弦楽アンサンブルの音が聞こえてきました。

「何!この街でもやっている人たちがいるんだ」

と思い、外に回って窓からそっと中を覗いてみました。バイオリン7〜8名、チェロ3名ほどが練習していました。

ヴィオラはいなかったように思います。

クラシック音楽に使われる弦楽器は主にバイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの四つです。バイオリンやチェロは協奏曲も多いですし、コントラバスはジャズやポピュラーで使われることも多いので皆さんご存知かと思いますが、ヴィオラは あまりおなじみじゃないかもしれません。

ただ最も一般的な弦楽アンサンブルはバイオリン×2、ヴィオラ×1、チェロ×1の四人で構成する弦楽四重奏ですから、ヴィオラがメンバーにいないと多くの曲で完全な演奏はできません。



ヴィオラをバイオリンと並べるとこう。一回り大きく、音も低いです。


弾き方はバイオリンとほぼ同じですが、楽譜がハ音記号(アルト記号)で読み方が違う。

ヴィオラ弾きは大抵の場合、 バイオリンをやっていた人が必要に迫られて転向、または両刀使いになる場合が多いようですが、一人で弾ける曲が少ないこともありバイオリンやチェロよりも影が薄く、アマチュアの世界では人数を揃えるのに苦労する場合もあるかと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

私は若い頃、この楽器を20年近くやっていました。誓って言いますが家が金持ちだったわけではない。
もともとは中学の時にブラスバンドをやっていて(パーカッション)、高校の時は剣道部だったものの、大学に入ったらまた音楽がやりたくなり管弦楽部に入団。色々ある楽器の中で人数がなかなか揃わないヴィオラを選んだわけです。
楽器の値段は当時の仕送りの半年分くらいはしましたが、親から借りて、その後バイトで返していきました。


大学を終えてからもOBで作ったオーケストラや市民オーケストラなどに参加して楽しんでいましたが、やめちゃったのは仕事が忙しくて練習に通えなくなったからです。

 



弦楽アンサンブルの練習を覗いた時は流石に心が騒ぎました。もう20年くらい触っていないけど、また練習を再開したらどうなるだろう。

「ヴィオラ、やってたんですけど」

とどこかのサークルに声をかけたら、

「何、ヴィオラとは。ぜひ!」

となる可能性もあるでしょう。

仲間と一緒に練習し、飲みながら音楽談義に花を咲かせ、演奏会に出てドキドキする・・・、またそんな時間を過せたら楽しいだろうな。


でもやっぱりやらない。

再開するならば以前はできなかったこと、あきらめたことに挑戦できなければ面白くないと思うのですが、音楽ではそのイメージが沸かないんです。趣味なんだからかまわないじゃないかと言われそうですが、好きだったからこそ楽しいだけでお茶を濁したくない。

では模型の方はどうか。

このサイトを毎日多くの人が覗きにきてくれたり、展示会に行けば私の作品を見に寄ってくれる人がいることからも、私の活動がどこかで誰かに喜んでもらえている実感はあります。
模型作りのスキルについては、私よりはるかに上手な人がたくさんいることを知っていますが、少なくとも私自身は現在も成長中。去年よりも今年作ったものの方が出来がいいし、来年はもっと良いものを作りたいと思っています。
やりたいネタも数多くあります。その中には新しいスキルが必要なものもありますが、それが身につけばさらに階段を一つ登れるんだろうと思います。

そんな風に考えると結論は明らか。
クラシック音楽はもっぱら聴くことで楽しんでいき、エネルギーの多くはこれからも模型に集中しよう。年から考えるとバリバリやれる期間はある程度限られていますし。



若い人は興味があるものには何でも飛び込んで行くことをお勧めします。私も色々やってきて、その全てが何らかの糧になっている実感があります。色々やらないと本当に好きなこと も見つからないでしょうし。
ただ、あらためて考えると模型は子供のころに最初にはまった趣味だった。それに気づくまで何十年もかかったのかもしれませんが。



「半分は戻ってこなかった
」・・・16/11/26
日本の人口は2010年前後をピークに減少に転じています。
その主な原因は出生数の減少ですが、平均寿命は延びているので、高齢者の数は増しています。
また子供と老人の間、つまり金を稼げる年齢層の人口(いわゆる「生産人口」:グラフで緑色の部分)も減少していきますが、経済的視点からは良い流れではないでしょう。

未来の人口は色々な対策で変わってゆく部分もあるかもしれませんが、おおむねこの未来は決められている。

私の仕事の中には商品企画とか市場調査などもあるので、
「10年後にはAという商品の市場規模は縮小するだろうな。大掛かりな設備投資はしない方がいいかな」
とか
「Bという商品は中高年対象だから、もうしばらくは食いつなげそうだな」
なんてことを考えるのは日常です。

 
何だかんだ言っても人口が増えている時代は去年と同じことをやっていても売上が上がっていく場合が多いです。
逆に人口が減っていく社会では、よほどのことをしなければ今年より来年、来年より再来年の売上は下がって行くはず。
となれば給料も上がる保証はないわけです。

私なんかはそろそろ「上がり」で、もうちょっとすると年金生活に入りますが、今の若い人は右肩下がりの社会の中で長く生きていかないといけない。なかなか大変だなあと思います。

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話し変わってもうすぐ12月8日ですね。

このサイトを見ている人の多くはカーモデルだけでなく模型全般にも興味があるでしょうから、12月8日と聞けば
「ああ、昔日本軍が真珠湾を奇襲攻撃した日だな」
って思う人も結構いると思います。

ここで大東亜戦争(太平洋戦争)、あるいはその前後に世界で起こっていた様々な出来事について多くを語るつもりはありませんが、あの時代がどれだけ大変だったかは 上のグラフの矢印の部分が異常値になっていることでもわかります。

もう少し詳しいグラフを作ってみます。下は世代別生存者数、つまりある時期に生まれた人たちが、その後どの程度”生き残っていたか”を示したものです。


 

本来各々のグラフは右下がりになるはずですが、ある世代の男性に「減って」「増える」という異常が見られます。

その理由はお分かりでしょう。

・減った・・・兵士として、あるいは海外移住者として日本を離れていた(人口にカウントされない)
・増えた・・・戦争が終わり、海外から戻ってきた
・その差・・・戻ってこれなかった(多くは死亡した)

だと思います。

兵隊として死んだ人のほとんどは男性ですが、女性でも減っているのは、先ほど書いた海外に移住して戻ってこれなかった場合に加え、空襲や病死なども考えざるを得ません。

いずれにせよ同期の仲間の半分が一時的に日本から消え、その半分が死んで戻ってこない・・・そんな時代があったことは忘れていけないと思います。

ただ戦争が終わってからの復興も目覚しかったですね。
グラフを見ても1946年から1950年に生まれた赤ん坊はその前の5年間に生まれた数を大きく上回っていて、あっという間に人口は回復しています(赤矢印)
死ぬ悲しみと同じ数だけ生まれる喜びがあった・・・。 そんな風に考えるのも「あり」なのかな。

※ちなみに太平洋戦争開始時の人口は7200万人くらいです。
「進め一億火の玉だ」などの戦闘意欲高揚スローガンがありましたが、当時は台湾や朝鮮も日本が統治していて、それも含めての一億だったからです。


「女性がお花・お茶・ショッピングを好む理由
」・・・16/09/24
前回の「模型人口に関する考察」 ”男性参加率が一番高い趣味は模型工作” というデータを提示しましたが、男性中心の趣味は他にもたくさんあります。
 
逆に参加人口の多くが女性という趣味・レジャーもあります。華道・和裁洋裁・お茶・菓子作り・ショッピングなどです。

ではなぜそうなったのかを考えないと寝付きが悪いので、今日はその考察を。

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人類が誕生して500万年(諸説あり)、現世人類(ヒト)に限っても25万年くらいと言われています。人類が農耕・牧畜を始めてから1万年とすれば(※)、499万年間は獣を獲ったり木の実や果物を集めていた、いわゆる狩猟・採集社会だったんですね。

(※2万年前まで遡れるという説もある。ちなみに罠・ヤス・銛・釣り針・網などを使って魚を獲る「漁労」は3〜4万年位前に始まったらしい)
 
さらに今は工業社会とか情報社会などと言われますが、これらはせいぜい250年とか数十年のオーダー。だからヒトの意識や行動は基本的に狩猟・採集時代を生き抜くために最適化されていると考えられます。

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1万5千年前のある日ある場所・・・まだこの地で農耕は始まっていない。

男A
おい、この矢を見てくれよ。後ろに鳥の羽根をつけてみたんだ。前よりもまっすぐ飛んでいくぞ。
あとな、羽根のカーブのせいで矢が回転して飛ぶんだ。獲物に深く刺さるかもな

男B
どれどれ、ちょっとやらせてくれ。 いやー、こりゃいいわ
 
男A
みんなの分も作ったから使ってくれよ

 
女A
あんた達、そんなことどうでもいいから夕方までにイノシシの一頭も獲っておいで! ここんところ女衆は肉が足りなくておっぱいの出も悪いのよ。 子供を泣かせたくないなら今すぐGO!

女B
やっと出かけたわ。じゃあ帰るまでに私達はヤマブドウでも採りにいこうかねえ

女C
あんた、この前みたいに熟してない実ばっかり摘んでくるんじゃないよ

女B
そういうあんたこそ変なキノコ持って帰るんじゃないわよ。この前ウチの人、突然踊りだしたんだから

・・・夕方・・・

男C
お前の矢、すごかったなあ。あんなに遠くから当たるとは思わなかった


女A
あんた達、今日の獲物は?


男B
兎二羽が罠にかかってた。あとは鴨三羽で〜す

女B
イノシシはどうしたのよ、イノシシは!


男C
今日は逃げられちゃったよ。それよりも聞いてくれよ。Aが作った矢、すごかったんだぜ。この鴨なんかな、飛び立ったところに命中させたんだぜ。信じられるか?


女C
そんなことどうでもいいから獲物をこっちによこしな

 
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昔あったかもしれないこんなシーンから、趣味やレジャーに対する男女の興味差の理由はある程度説明できます。
 

● 男が模型に興味を持ち、女が持たない理由

男には出産・授乳する能力はないが力は強いので、主に狩りや運搬、あるいは部族の安全を守る仕事を受け持つことになる。
効率的に狩りを行う道具や武器の開発は重要。また早く移動できる能力のあるオスは有利になる。

道具や武器はその後機械化され威力を増した。男はそれに本能的に反応し、機械自体はもちろん模型に対しても愛着を持つ。
だから模型の対象の多くは武器・機械である。

女は道具や機械よりもそれを使った結果しか興味がないから、男が模型を愛でる気持ちに共感しない。

 

● 女がショッピング好きな理由

草原で動物を狩る場合は選んでなんかいられない。飛び出してきた獲物はすぐ捕まえなければならない。また獲物に出会えるかどうかは一種のギャンブル

一方営巣地周辺の採集活動は子供を抱えてもできるため、女性が中心となる。木の実・果物やキノコの採集は、色々ある中から「熟していて美味しいもの」「毒ではないもの」を選ぶ行為。
 
その経験の積み重ねにより、女はショッピング自体を楽しいと感じるようになったのではないか。
 

● 女がお花やお茶が好きな理由

毒キノコや酸っぱい実を持って帰らないためには、色で識別する能力、匂いをかぎ分ける能力が大事になる。
それはお花・お茶などへの興味につながる。


ただしこれだけではどうも不十分。
「男は狩猟、女は採集」という役割分担理論だけでは女性が和裁・洋裁や編み物・手芸を好む理由、あるいは多くの女性にとって最重要関心事である化粧・ヘアメイク・ダイエット・健康グッズ購入などを上手く説明できないんですよね。

これに関しては「性選択」理論でかなりカバーできます。 つまり男性が女性を選ぶ際には若くて健康な個体を選ぶ方が子孫を多く残せるので、女性の側も

 「化粧をし、きれいな服を着て実年齢よりも若く見せる」
 「ダイエットに勤しむことで健康体であることをアピールする」

方向に努力してきたんだろうと考えられます。

また本川裕氏の「社会実情データ図録」によれば、伝統社会において衣服・糸・織物の製作や料理は女性が分担するケースがほとんどであることから、趣味やレジャーについても自然とそうなってしまうことに納得性はありますね。

以上、今回は女性がなぜ華道・和裁洋裁・お茶・菓子作り・ショッピングなどに興味を持つかを考察してみましたが、その内容は本や様々な研究サイトを眺め、書いてあることに若干味付けしたもの。自分独自の理論ではありませんが、一通りまとめることで自分自身としては”なんとなく納得”できたので、まあ良かったかなと思っています。

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「ねえねえ、このピンクのブラウスとベージュのブラウスどっちがかわいい ?」

「うーん、ベージュの方がコーディネートしやすいんじゃない(正直どっちでもいいけど)」

「あんたに聞いてもしょうがないわね。  あ、ブルーのブラウスもいいなあ。これ、試着しようっと」

「(また試着かよ。どうでもいいけど腹減ったなあ)」


こういう時は、ああ、これは数十万年間積み重ねてきた女性の本能なんだと思うようにしましょう。狩猟・採集時代、人類が絶滅しなかったのは、女性が採集によって生存に必要なエネルギーの大半を確保していたかららしいので。



「模型人口に関する考察
」・・・16/09/03
静岡で仲間達と作品展示するようになってから十数年経ちますが、最近は参加サークルが増えるとともに来場者もずいぶん多くなったと感じます。人の波を縫ってお世話になっているブースに行くのも大変。

これだけ見ると模型人口は増えているようにも見えますが、周囲を見渡せば地域模型店が減ったりデパートやスーパーの模型売り場の品揃えも情けなくなっているのが現実。

最近は通販でキットや資料本を買ったりネットで制作ノウハウを集めるのは容易ですから、模型店の減少イコール模型人口の減少とは言えない部分もあるでしょうけど。

では現在の日本でどのくらいの人が模型をやっているのか・・・、それを知ることのできるデータはあるのでしょうか。
 

模型人口について

拠り所の一つは総務省の「社会生活基本調査」です。昭和51年以来5年ごとに行われていて、平成28年調査の対象人数は約20万人だそうです。ただし実施はこの秋。

そこで平成23年度の結果を見ると、趣味として模型工作を楽しんでいる男性の推定人口(10歳以上)は

16.4万人 (ちなみに女性は 3千人)

だそうで

陶芸・工芸  78.4万人 
編み物・手芸  28.3万人
和裁・洋裁  25.2万人
茶道  20.1万人 

よりもさらに下となっています。

いくらなんでもそれはないだろう!と思ったら、そもそもの調査方法にからくりがあることがわかりました。

陶芸・編み物・茶道などはあらかじめ調査用紙に項目が羅列してあって、そこにチェックを入れるだけ。 一方模型は項目に載っていませんから、やっている人は「その他(    )」の中に自分で記入することになる。だからどうしても不利になるんですね。

社会生活基本調査を過去まで遡ると「模型作り」は昭和61年から平成8年までは調査項目に入っていました。そうなると結果は俄然有利になります。 例えば平成8年の男性参加率は6.6%だったので当時の人口を掛けると360万人。ここに5歳〜9歳の人数も加味すると400万人を越えてもおかしくないことになります。


もう一つ「レジャー白書」というのも見てみました。こちらは公益財団法人日本生産性本部が毎年やっていて、比較的最近のデータでは男の参加率はおおむね 人口の7〜8%程度。 2012年時点の推定参加者は410万人となっています。ただしこの調査の対象人数は約3,000人とのことですから、参考程度と捉えた方が良いかもしれません。


以上から推定できる模型人口は300〜400万人くらいとなりますが、自分の肌感覚としてちょっと多すぎるような気もします。
ただ模型にはプラモだけでなくラジコンや鉄道模型もありますし、分冊百科(週刊○○を作ろうなど)を模型作りに含めることもできます。 私のようなヘビーなモデラーから、子供と一緒に年に一〜二度作る人も含めての400万人だとしたらわからんでもないです。


模型人口の増減について

次に興味あるのは模型人口が減っているのか増えているのか・・・です。

グラフをご覧ください。経済産業省のサイトにあった「プラモデルの出荷動向」です。
(画像の転用・二次配賦などはOKだそうですので、ここに直接貼り付けました)

 

これを見ると、ここ数年に限ってはプラモの出荷額が増えていることがわかります。これにはガンダムなどの日本製アニメ関連商品の輸出額増加、「艦これ」や「ガルパン」ブームの影響、ミニ四駆の再ブームなどがあると思います。

出荷額増加は一部のマニアの爆買いによるものかもしれませんが、嬉しいデータであることは確かです。


参加希望率について

そう言えば「レジャー白書」の中に興味深いデータがありました。それは実際参加者と参加希望者の比率です。

趣味やレジャーには敷居の高さ、低さがありますね。例えば
 
ハンググライダ―、パラグライダー、乗馬、スキューバダイビング 海外旅行、ヨット、モーターボート

などはやりたいなと思っていてもなかなかできないレジャーではないでしょうか。

「趣味ですか?乗馬です」
と聞かされた時の一般的な反応は
「まあ高尚な。私もやってみたいけど、お金も時間も手間も大変なんでしょ?」
だと思います。
実際これらの参加希望率は実際の参加率の数倍〜十数倍です。

逆に参加希望率が実際を下回ってるものもあります。
スポーツではバレーボールや卓球、それからギャンブル全般。 つまり
「やることもあるけど、特にこれからも続けたいわけではない」
あるいは
「できればやめたいが、なかなか・・・」
と言ったところでしょうか。

そこで肝心の模型作りですが、だいたい2倍くらいです。
これはスポーツ・趣味・娯楽・観光含めた全ジャンルの上位20%以内に入る高さ、つまり
「やりたいのに実際はやっていない人が多い趣味」
に入ります。 もし模型人口が今の二倍になったら業界も潤うし、仲間が増えれば私も嬉しいんですが、何が障碍になっているのかを考えれば、おそらくそれは

・世間の目が暖かくない・・・「まだやってるんですか?」「いい大人が」「戦争賛美者ですか(※)」

・制作環境が整えにくい・・・「塗料や接着剤のニオイが迷惑」「削りくずやゴミで部屋が汚れる」「作業場所が確保しにくい」


あたりが理由じゃないでしょうか。

(※武器の模型を作ることと戦争を賛美することはまったく別ですよと言っても、通じない人も多い)

模型作りを阻害する要因は他にもあると思いますが、潜在希望者が多いとすれば業界のやりようによってはまだまだ人口を増やせそうですね。


男女比について

残念なことに模型作りは女性にはなかなか理解されにくい趣味だと思います。

右はやはり「社会生活基本調査(平成23年度)」のデータから参加人数の男女比を出してみたものですが、「模型作り」は女性参加率が一番低い。

つまり多くの女性にとって模型は

「世の中で一番興味がない趣味」

となっています。

だから我々が一生懸命プラモを作っていても

「何が楽しいんだか・・・」

と思っているんでしょう。

最近は「プラモ女子」「モケ女」なんて言葉を聞くこともありますが、業界がどんなに頑張っても大きな増加は期待しない方がいいようです。
女性でプラモを作る人はとても貴重なので大切にしましょう。



以上、模型人口に関する考察でした。昔のように子供達がこぞって模型作りに夢中になっていた時代は戻ってこないと思いますが、模型はなかなかしぶとい趣味だと思います。

 

 



「次男とストーリーマンガ
」・・・16/08/21
この写真は、しばらく前に新丸の内ビルにある某社のフロアから撮影したものですが、このサイトを見ている人の多くは、

「おお、無人在来線爆弾!」

とか

「内閣総辞職ビーム!」

とか叫んでいると思います。私もお盆休みに家族全員であの映画を見に行きました。

特に相互リンク先の人でまだ見ていない人がいましたら、とにかく行けと言いたい。

 

 

 

今日のお話は、それとはあんまり関係ありません。

 

 

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次男は現在大学2年ですが漫画方面の部活をやっています。大学からも公認されている歴史ある部だとか。
入部当初は先輩から描き方を教えてもらったり画材を揃えたりしていましたが、程なく仕送りを工面して小さなペンタブレット(板タブ)を購入しました。

「使い勝手はどうだい?」

と聞いたら

「なかなかコツが掴めない」

ペンタブにはマウスの親分みたいな板タブとディスプレィに直接書き込める液晶タブレット(液タブ)があります。板タブには板タブの良いところがたくさんあるのですが、ペン描きと感覚が近く、細かい線をたくさん描くのに向いていると言われるのは液タブですから、できればこちらも持っていたいところ。

ただ液タブは値段が張ります。小さいものももちろん、大きいのになると学生が簡単に出せる金額じゃありません。

「本当は欲しいんだろ?」

「もちろんだけど・・・」

「せっかくサークルに入ったんだろ? だったら思い切りやれよ。板タブより液タブの方が能率も上がるし、その分たくさん漫画を描けるから上達も早くなるはずだ。

働き始めたら貯金はとても大事だけど今は自分に投資する時期だ。好きなことがあれば悔いなくやればいい。それはいつか何倍にもなって戻ってくる。

お父さんも大学に入ってオーケストラやった時、親から借金して楽器とステレオを買い、その後バイトで返して行ったぞ。レコード(LP)は食費を削ったりして買ったけどな。当時のお父さんのお金の単位は2,000円=1レコードだった。
 
お前には小さい頃からのお年玉を貯めた通帳があるよな。そのお金を使うのは今でしょ。本当に欲しい液タブをピックアップしてごらん。足りなかったら補助するから」



と言うことで届いた液タブの大きさと重さに少々びびりました。

 



しばらくしてから本人に

「どう?」

と聞いたら

「もう板タブには戻れない」

 

 

 

 

 

 

 

彼が所属するクラブは定期的に作品集も出版しています。先日、最新号ができてきたとのことで見せてもらいましたが、その中には彼が描いたストーリーマンガも載っていました(ペンとインクを使ったものです)。
 
「お前のは全体の中でも良い方だと思う。結構面白い。

だがストーリーの盛り上げと伏線回収が今ひとつだな。導入から前半の展開まではいいが、後半は読者の期待に十分応えていないように感じる。だから読み終わったあとの満足感に乏しい。ネームを描く前に基本のシナリオをもっとブラッシュアップすべきだった。
 
それからな、メインのキャラクターは結構魅力的だが、脇役や小物がしっかり描かれていないので、ページ全体のバランスが悪いな。背景のパースも破綻している」


・・とかなりボコボコ。

脇で聞いている奥さんは

「好きで描いているのに・・・。あんまり厳しいこと言うと次から見せてくれなくなるわよ」

と言いますが、本人は私の突込みをそれほど嫌がっているわけでもないようです。

なぜかと言えば、ただ彼の作品にいちゃもんつけているだけでなく、「なぜダメなのか」「良くするにはどうしたらいいか」を、時にはこっちも資料を作ったり図解して説明するようにしているからです。

(例えば以下は「パース」についてさらっと作った資料の一部です)


 

確かにちょっと”修造”っぽいかなと思う時もありますが、先日、お盆で帰省してきた時も

「かなり頑張って描いたドラゴンだけど」

と見せてきたので、まあ大丈夫でしょう。


この4月には新入部員も結構入ってきて、中には上手な者もいるとのことで、それは楽しみだねと思ったのですが、多くは「イラスト」が描きたく、ストーリーマンガ志向の者は少ないとか。

「いわゆる絵師方向ってことだな。それも良いけど、ストーリーマンガを描かないのはもったいないな。

芸術的表現手段には色々あるけど、基本的に絵や彫刻は目に、小説や詩は文字を通して脳に、音楽は耳に訴えるものだよな。

逆に映画は映像・音・ストーリー・セリフ・俳優・・・、最近では立体視・振動・ニオイまで加わった、おそらく今一番贅沢な表現手段だ。
 
じゃあマンガはどうかと考えると、絵・ストーリー・セリフ・キャラクター・文字による効果音などが入っている。しかもそれをたった一人でも作れるんだぜ。これはすごいと思う。

お父さんはできればお前にはストーリーマンガを描いてほしいな。だがそのためには漫画ばかり読むんじゃなく、人生経験を積み重ね、本をたくさん読み、映画もたくさん見なければならない」


と言うわけでお盆の間も長男と次男にビデオコレクションの中から何本かお勧めの映画を見る時間を持ちましたが、今回はあえてその中に
「そこそこ面白いんだけど、今ひとつ物足りない残念映画」

「大金を投入して製作したはずなのに、最初から最後までチープなポンコツ映画」
も混ぜておきました。

それはもちろん「どこがどうダメだったのか」、「せめてもうちょっと良くするにはどうしたらいいか」を子供達と一緒に考えるためです。
「こうしたらよかった」と簡単に解決方法が見つかるわけはないですが、考えることはキット彼らの描くマンガを面白くしてくれるような気がしますから。



「量か質か、それが問題だ
」・・・16/08/12
しばらく前の話ですが、奥さんが ”テレビにも良く出てくるイケメンピアニスト” の演奏会に行きたいと言うので、一緒に聴きに行ったら・・・なかなか良かったです。
 
2時間強の演奏会の中、実際に弾いている時間は2/3で残りはトークって配分。話も面白いし、観客に対するサービス精神も豊富で値段もリーズナブル。
「イケメン」についてはまあ客観的に見てもそうなんだろうとは思いますが、本人はむしろそれを一つのキャラにしているように感じました。いわゆる「ラーメン、つけ麺、ぼくイケメン」的な・・・。 でもそれが決して不快ってことじゃなくて、お客さんの期待にあえて逆らわないって感じ。

肝心の演奏はそりゃもうすごいテクニックでしたけど、世界や日本のトップと比べたらどうなのか・・・は良くわかりません。これがオーケストラなら、昔ヴィオラを弾いていたのである程度はわかるつもりですが、超一流ピアニストの”生演奏”はほとんど聞いたことないし、自分自身ピアノは弾けませんから。

世間ではテクニックや表現力をひたすら極め、超一流オーケストラをバックに協奏曲を弾くような人の方が、テレビに出たり気軽なコンサートを開く人より上って感覚もあるかもしれませんが、私はそうは思ってないです。 銀座の超一流寿司屋と回転寿司の両方に役目があります。寿司という美味しい食べ物が比較的気軽に食べられるようになったのは回転ずしの貢献・・・そんな感覚です。


そう言えばトークの中で彼はこんなことを言ってました。記憶頼りなので正確じゃないですが、大意は外してないと思います。

「ショパンやリストの時代、作曲家はイコール演奏者だったんです。自分で作った曲をコンサートで弾く。
当時はレコードやCDもないので、観客のほとんどはその曲を初めて聴くわけですね。 だからミスタッチがあっても気づかれないし、もし曲を知っている人がいても、もともとが自分の曲ですから”これは今日の解釈です”とか”この方がいい”と言えば通ってしまう。
  
レコードができてからピアニストは間違った演奏をしないようにものすごく練習しなくてはならなくなりました。ほとんどのピアニストは自分で曲を作るより他人の曲の演奏に専念するだけで精一杯なんです。

でも僕はショパンやリストのように自分作った曲を皆さんにも聴いてもらいたい。今日はここまでクラシック・ポピュラー・映画音楽と弾いてきましたが、最後に私の曲を演奏します。聞いてください、○○○○(←曲名)」


・・・かっこいいです。


そこで自分にも応用できないかと考えました。

「私の子供の頃は、特にレースカーなどは実物はおろか参考資料もなかなか集められなかったですし、上手な作品を見る機会もない。その分回りを気にせず自由に作っていました。
今見れば間違いだらけかもしれませんが、純粋に楽しんでいたような気がします。

今は資料はたくさん集まりますし、展示会で上手な作例にも触れることができます。みんなの目も肥えていますから、間違った解釈をしないように実車資料とにらめっこしながら少しでも正しい姿に持っていくことが求められる場合もあります。

そういう作り方が本道だとは思いますが、私はそんな過程に辛さの方を感じるものですから、正しさには目をつぶっても“かっこよければいいや”“楽しく工作できればいいや”と思いながら作っています。

見てください。”240ZG 柳田レプリカ なんちゃっておっさん仕様”です」

このように理論武装して展示会に出品しましたが、「あらー、ここおかしいよね」と突っ込んでくる人はいなかったです。ちょっと残念。

私にとって模型作りやHP運営は趣味ですから、何よりも
”やっていて楽しい”
が大事になりますが、じゃあ何が”楽しい”のかと考えると、
 
A : たくさん作り倒して、完成品コレクションが増えるのが楽しい
B : 時間をかけて作り込んで、すごいのができたと思えると楽しい
C : ホームページををみんなが見てくれていると実感できるなら楽しい
D : 展示会で色々な人とやり取りするのが楽しい

あたりに集約できるかなと思います。

ただこの四つ全てを満足させることはできません。特にAとBは相反する部分があって、数を求めればどうしても一台にかけられるエネルギーは薄くなる。普段はなるべく意識しないようにしていますが、大きな展示会でものすごい作り込みの作品を多数見た後は、かなり心がざわざわします。

ただその方向がこのサイトの閲覧者のニーズかと言えばそうでもないのも悩ましい。

例えばタミヤのキットを大改造した935ターボ <K2>、自分なりには満足だったんですが公開してから2年以上(正確にはカウンタつけてから1年半)経つのにページアクセスは3295(本日時点)

一方公開してまだ一か月も経っていない日産パルサー クーペ エクサE、こっちはさらっと作っただけなのにすでに3702見られている現実に対しては
 
「ちょwww おまえらww 何や」

と思っているのが正直なところです。まあ理由はわからんでもないですが。

じゃあこれからもニーズに沿った方向で進むかは気分次第ですが、 ホームページをみんなが見てくれているのを実感できると楽しいのはその通りなので、これからもバランスを取りながら続けていきたいと思います。

 
冒頭に紹介したイケメンピアニストも今の立ち位置に満足しているのか、あるいは本来進みたい方向をあきらめてそこにいるのかはわかりませんが、少なくともコンサートに来ていた観客は皆満足して帰路に就いたように思います。

 

「ビデオの整理」・・・16/07/06
昔から撮り溜めたビデオテープが沢山あって、何とかしなきゃと思っています。
例えばF1は1985年から2000年くらいまでのテレビ放送番組は総集編も含めてほぼ揃っているはず。ただこれを再生した記憶はほとんどありません。

その他映画・アニメ・ドキュメンタリー・科学番組も多いですが、今映画・アニメを見たければレンタルやネットがありますし、ドキュメンタリー・科学番組も時代とともに価値を失っていく。

そこでざっくりと確認しながら何を残すかを決めようとしているんですが、タイトルを見ていると子供達にも見せたいものが結構あります。

二人は学生でアパート暮らしですが、互いに申し合わせてそれなりの頻度で帰ってきます。かと言って必ず用事があるわけでもないので、面白いビデオがあるよと言えばそれほど嫌がらずに付き合ってくれます。

以下はそのやり取りです。流れに従って書いていますが、実際は何日かの話をまとめたものです。

/////////////

◆ さらば愛しきルパンよ ◆

「じゃあまず短いところで、これ行こうか」

≪鑑賞≫

「何・・これ・・。ナウシカとラピュタとルパンが混ざったみたい」

「まあそういうことだ」
 

◆ ブルース・ブラザース ◆

≪鑑賞≫

「こういう映画、日本じゃまず作れないと思うな。アメリカは世界各地から集まった人たちがそれぞれの音楽・宗教・文化を持ち込んでいる。だからこそ問題も多い代わりに、とてつもなく刺激的な面もある。この映画はそんなアメリカ文化が凝縮されたもの・・・って褒めすぎかな」
 

◆ 誓いの休暇 ◆

「”みんなのシネマレビュー”で歴代映画の平均点ベストランキングを見ると、トップ20くらいまではお前らも知っているのが多いと思うが、”誓いの休暇”は堂々の3位だ。だが比較的地味な映画なのであまり知られていない。

レビューの順位が上なのはこの映画にはコアなファンがいるからかな。みんなに知ってもらいたくて高い点数をつけているところもあるんだろうが、いずれにせよ超名作であることは間違いない。

コメント欄を見ると、NHKで放送されたのを見たって人が多いね。実はこれもその時録画したものだ」

≪鑑賞≫

「とても良かった」

「流石に古いなって感じはするが」

「親になってから見ればまた感じるところも変わってくるだろうな」

(写真は”誓いの休暇”の冒頭のシーン。ソ連映画なのでT-34を改造してタイガーTに仕立てています)

 


「ついでに平均点ワーストランキングも見てみよう。0点以外 をつけては失礼と言われるキング・オブ・クソ映画 ”死霊の盆踊り” は別格として、確かにすごいのが並んでるな。
最近のアニメやアニメ実写化作品の中にはワーストランキング上位に登場する資格十分じゃないかと思うものもあるけど、流石に上位は手強いな

ところでワースト6位の”シベリア超特急”って知ってるか? 知るわけないな
 

◆ シベリア超特急 ◆

≪20分ほど呆然と視聴≫

「・・・もういいか?」

「もういい。良くわかった」
 

「これを作ったのは有名な映画解説者だった人だ。

スポーツや芸術の世界にはやる側の人と見る側・聴く側の人がいる。その間に評論家とか解説者とかいう”ものしり”もいる。
例えば映画評論家は一般の人たちに良い映画を見てもらうためのナビゲーターとして、また制作側に対しては厳しい目で評価するご意見番としての存在価値はあると思う。

ただ評論家の多くはプレーヤーやクリエーターになりたくてもなれなかった人達なんだろうと思うんだ。
そんなわけでこの映画は解説や評論ができても決して良い作品を作れるわけではない、作る能力は全く別のものだってことを見事に証明した事例として後世に残る傑作だな」
 

◆ 七人の侍 ◆

「黒澤映画では七人の侍がベストランキング6位だな。 もちろんお父さんは何回か見ているけど、この映画は二人も一度じっくり腰を据えて見た方がいいな」

と言うことで、わざわざDVDを購入・・・その方が本気で見るだろうから。

≪部屋を暗くしてたっぷり鑑賞≫

「面白かった」

「戦いが始まるまでが長かった。決してつまらないわけではないけど」

「菊千代(三船敏郎)が死ぬとは思わなかった」

「戦いって命のやり取りだからな。野伏りがあらわれた。たたかう にげる どうぐ じゅもん・・・ってゲームじゃないんだから、登場人物それぞれの性格や技量、また背負っている業なんかを見る者にどう伝えるかが大事だな。

それが上手く行くとその人がなぜ仲間に加わろうと思ったかにも説得性が出るし、生き残るにしろ死ぬにしろ心動く部分が変わってくる。
この映画の前半はほぼそれに費やしているから、後半の戦いも盛り上がるんだと思う。

お前らも隠し砦の三悪人がスターウオーズに影響を与えたことを知っているだろうし、黒澤映画を見た世界中の監督がショックを受けて、もっとすごい映画を撮ろうと努力してきたわけだ。
そういう意味じゃ今の映画の方が昔よりはるかに面白くなければならないのだろうけど、映画にしろ音楽にしろ美術にしろ、必ずしもそうではない場合が多いのが不思議だな」

「ところでベストランキング16位の”街の灯”・・・知らなくても良いけど、チャップリンは知ってるよね」

「さあ」

「知らない」

「え!それはないだろう。この人がチャップリンだよ」

≪・・・と画像検索≫

「見たことあるような、ないような」

「そうか・・・まあそうなんだろうな。ただチャップリンは映画の歴史の中で・・・あーだこーだ・・・」

 

こんなことやっていると、いつビデオが片付くか見通しも立ちません。




「インドの山奥についての考察
」・・・16/05/26

これまで日本でどれだけ変身ヒーロー番組が作られたか知りませんが、その嚆矢が

月光仮面    1958年(昭和33年) KRT(現TBS)系

だってことは皆さんもご存知でしょう。
生みの親はご存知 川内康範(1920年〜2008年)先生ですが、川内さんはこの作品のヒットを受けて

七色仮面     1959年(昭和34年) NET(現テレビ朝日)系

アラーの使者  1960年(昭和35年) NET(現テレビ朝日)系

も手がけています。 またその後10年以上経ってから、

愛の戦士レインボーマン 1972年(昭和47年) NET(現テレビ朝日)系

も作りました。

この中でパイナップル頭でフルフェイスマスクの「七色仮面」はやや外観テイストが異なりますが、他の三人の見た目の印象はかなり近い。それは

「頭にターバンを巻いている」

からでしょう。

ターバンには色々種類がありますが、ああいうタイプのターバンを巻いている人々は誰かとなれば、私達の一般的なイメージは「イスラムの人」「インドの人」でしょう。
その意味で「アラーの使者」はタイトルもズバリで違和感ないのですが、「月光仮面」「レインボーマン」については引っかかるものがある。

そもそも川内康範さんは日蓮宗の寺に生まれたそうで、「月光仮面」も「レインボーマン」も設定の中に仏教色が感じられます。

「月光仮面」についてのメモ

・善人悪人区別なく降り注ぐ月光を象徴した月光菩薩がモデル

・月光菩薩は日光菩薩と共に薬師如来のサポート役を務めている。だから悪人を懲らしめても裁きはしない。もし裁くのならそれは薬師如来の役目

・なぜ「正義の味方」と言うか。それは菩薩だから   
    如来=悟りをひらいた仏様。有名どころとして阿弥陀如来、釈迦如来、大日如来など   
   菩薩=如来になるべく修行中の仏様。観世音菩薩、千手観音菩薩、文殊菩薩など
「自分はまだ修行途中の菩薩クラスなんでレベル60くらいかな。自分が正義と言うにはせめてレベル80を越えないと」といったニュアンスを感じる

「レインボーマン」についてのメモ

・インドの山奥で修行した。お釈迦様が生まれたのはインド(正確には現在のネパール)

・師匠はダイバダッタを自称する老人。「提婆達多」は釈迦の弟子であったとされる人

・変身の際「あのくたら さんみゃく さんぼだい(阿耨多羅三藐三菩提=この上もなく正しく等しい悟り)」と唱える。これは般若心経などにも登場するフレーズ

このようにかなり仏教色の強い両者ですが、ではなぜターバンなのかと言えば、「レインボーマン」の場合は

仏教だからインド → インドだからターバン

という理屈なんでしょう。でもこれは色んな意味で間違ってます。

 

「仏教だからインド」ではない

確かにお釈迦様はインドで生まれ、仏教がインドの国家宗教となっていた時代もありました。だがその後衰退し、現在インド国内の仏教徒の割合は1%にも満たないそうで、全体の8割がヒンドゥー教徒です。

「インド人だからターバン」ではない

インド人の見た目のイメージと言えばターバンですが、あのような形のターバンを巻くのは「シク(シーク)教徒」です。その人口割合はインド全体の2%程度で決して主流ではないのですが、「シク教徒」 にはカーストもなく海外に進出して活躍する人が多かったので海外から見たインド人のイメージとして定着したみたいです。 ちなみに「タイガー・ジェット・シン」もシク教徒だそうです。

※例えばインドカレー屋のBGMで画像検索 

以上考察すると、「レインボーマン」がターバンを巻いて「あのくたら さんみゃく さんぼだい」と唱えるのはかなり無理があると思うのです。

 

長々と書きましたが、結局何が言いたいのか。

昔作られた荒唐無稽の話にいちゃもんつけたのはもちろんただの「突っ込み」で、今更どうにもならないことはわかっています。

ただこれからこの種のドラマを作ろうとしたら、必ず海外の人の目に触れるだろうことを考えると、「人種」「民族」「宗教」については誤解のないように十分気をつけなきゃいけないでしょうね。

今この瞬間も世界では様々な争いごとが起きていますが、その原因に「人種」「民族」「宗教」が絡むケースはものすごく多い。
争いごとを鎮め、平和な世界を取り戻そうとする正義のヒーローが民族のアイデンティティーや宗教に気を配らなかったとしたら、正義の味方自身が争いの火種になりかねない。

またいくら悪の組織とは言え
「♪日本人はじゃまっけだ〜 死ね死ね死ね死ね」
と歌うのもかなり危険。

そういう意味で「レインボーマン」のリメークは考えにくいし、もし作ったとしても相当つまらないものになりそうです。
当時のドラマは節操のなさや過激さも魅力だったのですから。

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なお「♪インドの山奥で〜、修行〜し〜て〜」ですが、仏教の中で比較的そのイメージに近いのは密教(日本では真言宗と天台宗)でしょうか。

行者姿で法螺貝吹きながら山中で修行する「修験道」も、密教と日本古来の山岳信仰とが結びついたものだそうですし、最も厳しい修行として知られる比叡山延暦寺の「千日回峰行」も、延暦寺が天台宗と知ると納得です。

ちなみにここ新潟にはお寺が三千近くありますが、宗派となると「真宗大谷派(800超)」「曹洞宗(800超)」が飛びぬけて多く、「浄土真宗本願寺派(300弱)」「真言宗豊山派(200超)」「真言宗智山派(200弱)」と続きます。ちなみに天台宗は20以下。

私は「真言宗豊山派」。
皆さんは仏壇の前でどんな念仏(お題目)を唱えるでしょう。お題目としては「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」が良く知られていますが、もし「南無大師遍照金剛」と唱えているのなら、私と同じく真言宗だと思います。

ちなみに「四国八十八箇所巡り」ではお遍路さんが羽織る白衣の背中に「南無大師遍照金剛 同行二人」と書いてありますが、八十八箇所のお寺もほとんどが真言宗系ですね。 同行二人(どうぎょうににん)は真言宗の開祖 弘法大師(空海)と一緒という意味です。

私は年始やお盆はもちろん、それ以外にもたまにお寺に遊びに行ってご住職さんとお話しすることもあります。
本来はちゃんと修行しなくちゃならないんだろうなと思いますが、
「じゃあ年に一度は山篭りするかね」
なんてことになったら、それは勘弁してくれ。

今は工作室に「篭って」模型の楽しさを「布教」することが私の「修行」です。目指せ「工房大師」。
(上手く落ちがついた)