国から「ジジイ」と認定されました ・・・19/3/15
本日ついに65歳になりました。
 
人生の節目と言えば、私の場合

誕生、小・中・高校入学、大学受験、就職、結婚、子供の誕生、定年

あたりかと思うので、今回の定年(&年金受給開始)は重要なイベントに間違いないでしょう。感無量です。

(正確に言うと完全に会社を離れるのは6月の予定。「老齢厚生年金」がもらえるのはそれ以降になります)

 

 

 

 

 

 

 

先日、生まれて初めて年金事務所に行きましたが、対応が丁寧なのにはちょっとびっくり。 年金の仕組みは結構複雑ですから、かなりの高齢者も多く来られる中、職員の方も大変なんでしょうね。

年金をもらうことには若干の屈辱感があります。今まで何十年も給料から天引きされていたから堂々ともらえばいいんでしょうが、なぜか居心地が悪い。それがなければ生活はたちまち破綻してしまいますから、もらわないって選択肢はないんですけどね。

じゃあ何が面白くないかと言えば、要するに

「今日からお前は晴れてジジイの仲間入り」

と公式認定されたことです。書類に「老齢基礎年金」とか「老齢厚生年金」とか書いてあるだけでむかつきます。

じゃあ私はどう呼ばれたいのか。若い方から順番に

ヤングミドルシニアシルバー高齢者お年寄り≒老人

と書けば、

ギリギリシニアは許すがシルバーにはやや抵抗あり

辺りが今の自分の感覚。



そうは言っても、いつも行っているスーパーの

「シルバーズデー会員」になると木曜日の買い物が5%オフ。満65歳以上から入会可能

には近々申し込むでしょう、悔しいのう悔しいのう。


何れにせよそっちのゾーンに入ったことは認めざるを得ませんが、少なくともこんな心がけで生きていたいと思っています。

〇若い奴は偉いと思うようにする

〇自分は正しいと思わないようにする ※

〇自分に理解できないものにはむしろ価値があると思うようにする

ただこれがなかなか難しい。ジジイには経験値がありますから、つい

「俺はこれだけのことをしてきたんだぞ。だから敬え、頼りにしろ

と言ってしまいがち。

でも年寄りの実力は大抵若い人に叶いません。また自分自身で考えても若い頃の知識は今の同年代のレベルではないと思う。仕事でも趣味でもスポーツでも、先人が苦労して身につけてきたものをベースに、若い人がそれを乗り越えるから進歩があると思っています。



それに対して昔・・・例えば江戸時代までの世の中の進歩は今ほどじゃないから、いわゆる「長老」の知恵が若い人たちに頼られるなんてことは今よりあったかもしれませんね。

そんな長老のイメージで思い出すのは「七人の侍」で儀作(ぎさく)を演じていた高堂国典さんです。

儀作は村の離れの水車小屋に住み、百姓たちから「じさま(爺様)」と慕われていました。
野武士の襲来が予想される中、村人から知恵を貸してくれと言われ侍を雇うことを提案します。それはかつて侍を雇って野武士を退けた村があったことを知っていたからでした。

結局彼は野武士との戦いの中で死んでしまうのですが、そんな生き様がかっこいいです。

なお高堂国典さんは最初のゴジラでは大戸島の長老役で出ていて、(確か)ゴジラに家ごとつぶされています。

 

 

 

 

 


このように昔は頼りにされていたジジイですが、今は存在価値はないのか、世の中から消える方が良いのかって話になるかとそれも悔しい。経験値を頼られることがあれば喜んで提供するけど、頼まれもしないのに口出ししないように・・・というスタンスで生きるのが、若い人とうまくやっていくコツかもしれません。

ただこれがちゃんとできるかどうかはわかりませんが。

何れにせよ、年金生活者になって会社に行かなくなったら心の持ち方はどうなるか、時間の余裕はこれまで以上に模型作りに割くことができるのか・・などは逐次報告します。これから定年を迎える人たちの参考になればと思います。

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※ 「自分は正しいと思わないようにする」で思い出すのは、次のアメリカンジョークです。

「あなた! ニュースで見たんだけど、1台の車が猛スピードで高速を逆走中ですって! 気をつけてね」

「今電話なんかしてくるな! こっちは次々やってくる逆走車をよけながら運転してるんだ!」

 



「趣味は大事だ」って百回でも言います
・・・19/3/8
吉野家の「うまい・やすい・はやい」ですが、あの業態の価値感をすっきり説明できる見事なキャッチフレーズだなあと思います。

また、
 
うまい ・・・ 品質が良い、機能が豊富、サービスが上質
やすい ・・・ 価格が割安、コストが安い
はやい ・・・ 欲しい時にいつでもすぐ手に入る


などと置き換えると汎用性が高くなります。例えば事業を拡大したい、シェアを上げたいなどと考えた時、どこでライバルを凌駕するか・・・を考えるヒントになりますね。

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頭が整理される言葉のセットは様々ありますが、その中でも

ものごとは 「やりたいこと」 「やるべきこと」 「できること」 の三つから成り立っている

はとても良くできていて、時々こんな図を見ながらぼーっと考えることがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



例えば仕事。

毎朝
「わーい今日も会社に行けるぞ、嬉しいな楽しいな」
と思って家を出る人は多くないでしょう。特に若い人ほどそうなんじゃないか。

それは彼らに求められるのが「やるべきこと」に偏っているから。

まあどの会社も「やるべきこと(≒社会に求められていること)」を満たしているから存続しているわけですが、もしやりたくもないのに無理強いさせられている状態が続くと精神衛生上よろしくない。

それでも経験を積んで「できること」が増えてくるとずいぶん良くなるでしょう。できるようになれば自分も嬉しいし他人にも褒められますから。

また何年もやっているうちに使命感や意義に目覚めて「やりたいこと」につながる場合もある。そうなるとニコニコマークの領域に入れます。そこを目指したいものです。

 


 
一方趣味はどうなんでしょう。

明らかに趣味は「やりたいこと」からのスタート。そしてできるようになると益々楽しくなるし長続きする。特にスポーツはそうですし、模型作りも。

ただしそれが「やるべきこと(≒社会に求められていること)」なのかは微妙。趣味が高じて仕事になる人もいますが、それは趣味の成果に金を出してもよいと考える人がついた幸運な例。

とは言ってもニコニコマークの領域を理想とするなら、自分の趣味が他人に喜ばれているかに意識を向けても損はないかと思います。私なぞはその傾向が強く、それが長く続けていられる要因の一つだと思っています。

 

 

 



こんな風に考えていきながら最近は

「仕事と趣味、出発地点は異なるものの目指す頂は同じなんじゃないか」

とか

 「二つを重ねると足りない部分のピースが埋まるんじゃないか」

と思うようになっています。やっぱり人にとって趣味は大事ってことです。



ちなみに仕事以外の時間の過し方として「レジャー・遊興」もあります。例えば遊園地・パチンコ・食べ歩き・旅行・キャバクラ通い 。

これらは明らかに「やりたいこと(≒楽しいからやりたい)」を満足するための行動ですから、心のバランスを取るために必要でしょうが、趣味ほどは「できること」を重視していないところに違いを感じます。

例えば40〜50代のおっさんで、仕事バランスが
「やりたいこと=1」「やるべきこと=5」「できること=4」
みたいな人はきれいなお姉さんのいる店に行けば、ある程度は足りない部分が埋まる。

一方若い人が
「やりたいこと=1」「やるべきこと=7」:「できること=2」
だった場合、仕事以外で「できること」も埋めていった方が良いのでは?と感じます。


・スポーツ、楽器演奏、イラスト →練習が重要
・ゲーム攻略 →レベルが上がれば嬉しい
・おたく趣味 →極めるには情報収集や資金、エネルギー投資が必要


などはどちらかと言えば中高年よりも若者に好まれる傾向にあると思いますが、それはもしかしたら「できること」要素が強いからじゃないかと考えています。
逆に言えば、中高年でこういう趣味にうつつを抜かしている人は成長意欲がある、つまり結構心が若いんじゃないかなんてね。模型工作もこれらの仲間ですし・・・へへへ。

結論ですが、 「レジャー・遊興」にしろ「趣味」にしろ、「やりたいこと」要素の強い何かに時間を使うのは重要 というのが私の信念です。

「いつものように ”プラモを作れ”ってことを切り口を変えて言っただけじゃないか」

と突っ込まれそうですが、はいその通りです。これからも手を変え品を変え同じことを百回でも言い続けると思います。それが私の「やるべきこと」のような気がするので。

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追記:

「良いものを安く提供する」戦略は、ともすると「画一品大量生産・人件費圧縮」に向かってしまいがちです。競争に負けた会社が排除されて働き場所を無くしたり、従業員の給料も上がらない・・・なんてことが続くと社会全体として人が幸せにならない、というのが最近の共通認識になっていると感じます。

最近の吉野家は「ひと」「健康」「テクノロジー」を長期経営ビジョンのキーワードにしていますね。



「フリーランス」がちょっと羨ましいお年頃
・・・19/2/15
以下は同僚A(50代後半。課長だが実務もこなす、いわゆるプレイングマネージャー)とだべっていた時の会話です。

私 「俺ももうすぐ65歳、近々会社ともおさらばだ。ところでAは60歳過ぎても定年延長(再雇用)するんだよな?」
A 「そこ、どうしようかと思ってさ。今でも給料分の成果を出していないような気もするんで、さっさと辞めた方が会社のためかなと思う時もある」
私 「延長したなら仕事内容はどうなるの?」
A 「管理職じゃなくなるが、実務の方はこのままだろうね」
私 「だとしたら60前で辞めるのは二重の意味で間違っていると思うぞ。
一つ目は、延長後の給料は今の6〜7割になるんで、今と同じ実務を続けるなら会社はむしろお得だってことだ。
二つ目は、仮にもし若い頃よりパフォーマンスが落ちていたとしても気にするなってことだ。今は給料が安かった頃の貸しを返してもらっていると思えばいい。恥じる必要はないと思う。
ちょこっとグラフを作ってみるから、また後で・・・」

ということで作ったのがこんなグラフです(複雑になるので、退職金は入れていません)。

私 「赤の線は貢献度だ。能力・成績・成果・パフォーマンスとしてもいいかな。俺もお前も新卒でこの会社に入ったが、最初は何もできないから貢献度は低い。
でも知識やスキルを磨いて貢献度を上げていく。ピークは40歳くらいかな。そして実務能力は徐々に落ちていく。ただし役職者は別だけどね。
一方青い線は給料だ。こっちは50代前半あたりにピークがある。
そう考えると若い時期は本人が損、45歳以降は会社が損ってことになり、全体で帳尻が合う。
少なくとも60歳前に辞めたら損してた分を回収できないぞ」

A 「何か気持ちが少し楽になった」

彼との会話はここまでですが、あらためてこのグラフを見ると不思議です。
本来給料と貢献度(成果)は一致させるべきなのに、なぜずれるのか。 それはこれまでのサラリーマン(正社員)の多くが終身雇用で、会社は下のような価値観で社員を働かせていたから。

・会社が儲かるには優秀な従業員を集めて時間をかけて育て、辞めさせないことが大事だよね
・優秀な人を集めるには初任給を高くしなくては。だから新卒のひよっこにもちゃんと給料は出すよ
・しばらくするとバリバリ働いてくれるようになるけど、独身だったり子供がいない期間はあまり給料上げなくてもいいよね
・でも結婚して子供が産まれ、ローンを抱え、そして子供が大学に行くと大変だよね。だからその時期に給料が高くなるようにしてあ・げ・る
・結婚したら手当も色々出すから、奥さんは仕事を辞めて家事や子育てに頑張ってね
・でもどんなに優秀だった人も決められた年齢になったら辞めてもらうよ。退職金・厚生年金があるから大丈夫だよね

ではこういう昭和的価値感がなぜ作られたのか。色々調べてみると、それには明治以降の富国強兵策が深く関わっていたようです。
(人事・評価・給与制度の歴史はものすごく複雑ですが、ここでは乱暴に説明します)

・開国したはいいけど海外列強に追いつくには富国強兵だ! 武器・弾薬・軍艦を自前で作れるようにならなくては。それには熟練工の育成が肝だ
・でも腕の良い工員は引く手あまただから給料のいい工廠にすぐ転職してしまう。そうだ! 5年・10年・15年いてくれたら都度お祝い金をあげるようにして、なるべく長くいてもらうようにしよう(退職金制度の始まり)
・熟練工に安心して働いてもらうには生活の安定保障が大切だ。家族を持ったら手当を出したり、年齢とともに給料が上がる仕組みにすれば喜んで勤めてくれるだろう(いわゆる終身雇用・年功賃金)
・熟練工は大事だけど、流石に歳を取ると体が衰えて事故が増えるんだよね。でも本人はまだまだと思っている。そうだ!年齢で線引きして強制的に辞めてもらおう(定年制度の始まり)

こんな風に仕組みを作り、事務職にも適用範囲を広げていったことが賃金と成果とのずれの理由と考えます。

この仕組みは本来不自然。他人に何かしてもらって謝礼を払うとしたら、それは成果物の価値に見合ったものでなければ納得性がありません。でも多くの会社はそうなっていない。

だから若い世代から見れば「稼がないおっさん」がのさばっているのが不満の種でしょうし、逆におっさん達は
「今の若い者はなってない。俺達がお前らの年の頃は安月給でもバリバリ死ぬ気で働いていた」
と言うのかもしれません。

でも過去の自慢話をしてもしょうがない。
「今の俺はお前らの何倍も会社に利益をもたらしている。給料が高いのは当然だ」
と言えるくらいでなくては納得してもらえないでしょう。では自信を持ってそう言える人がどれくらいいるでしょう。

一方世の中には自力で稼いでいる人、例えば経営者・自営・専業農家・士業・開業医・職人・フリーランス等々・・・もたくさんいます。彼らの稼ぎは実力と運次第。そして成果に値段がつくなら体が続くかぎり仕事ができます。

「いやいや、仕事が続けられるんじゃなくて続けないと暮らしてゆけないんだよ。退職金はないし年金も心もとないんだから」
と切り返されたら反論できませんが、私も定年間近のせいか、これを羨ましいと思うところもあります。

餌を与えられ外敵から守られていても最後は食べられてしまうブタ(サラリーマン=社畜)と、自由に生きられるが生きぬくことそのものが難しいイノシシ(フリーランス)のどちらが幸せか・・・とか考えてしまうんですね、つい。

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ところで私がこのサイトを始めてから18年経ちます。スタートした40代半ばの頃と現在を比べ、パフォーマンスがどうなのかが気になります。

最初の頃は年に5〜6台は平気で完成させていたのに、最近は静岡の展示会に新作2〜3台を持ってゆくのが精一杯だから・・・。
でも最近は面倒な1/12を作ることも多いしな〜。

そこで「1/24の素組み&普通の反応」を1ポイント、「1/12大改造で大うけ」を5ポイントというように投入した手間や時間、そして反響を脳内で数値化し、毎年どのくらいポイントを稼いだか自己評価してみました(フィギュアや小物も考慮)

結果はこんな感じ。作品数は下がっていますがパフォーマンスは落ちていない・・・こちらの世界では何とか現役ですと言えるようです。

 

 



「ここらで人生棚卸し
」 ・・・18/9/21

このページをどんな人たちが見ているのか・・・。中心層は「40〜50代のおっさん」でまず間違いないでしょう。
そう、あなたのことです。

そうなると人生の先輩としてできることは、あなたを刺激し、時には脅しをかけること。 
しばらく前に
「定年後に趣味を再開しても間に合わない。目の前の積みプラには今すぐ手をつけよう」
と書いたのも「40〜50代のおっさん」への脅しでした。

今回はその第二段みたいなもの。定年まで1年を切り、退職後の時間の使い方に興味が向きつつある中、

  ・そもそも自分はどういう時に幸せを感じる性質(たち)なのか
   
  ・何十年か仕事をしてきたが、やってきたことに悔いはなかったのか

について真面目に考えてみました。参考になれば幸いです。

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その1:自分自身の「強み」を確認しました

「強み」には生まれつきの部分も多く、それを活かせる仕事・趣味は成果や幸せにもつながりやすい。

そこで「ストレングス・ファインダー」という手法で自己分析してみました。

 

 

 

 



私の「強み(の種)、上位5項目」はこうなりました。




  ・学習欲・・・「もっと知識を深めたい」「スキルを磨きたい」と思ってる
  ・目標志向・・「私はどこに向かっているのか?」をいつも考えている
  ・最上志向・・「もっと上手くできないか?」「これが自身のマックスか?」と繰り返し自問している
  ・未来志向・・「もし○○だったらきっと素晴らしいのでは?」と未来を見つめ色々なことを空想している
  ・コミュニケーション・・何かを描写したり、人に説明することが好き


結果に違和感はありません。ぼやーっと感じていた部分がクリアになった感じです。この種を今後も大事に育てれば美味しい実がなる可能性があります。


その2:生まれてから今までの興味と仕事を総括しました

こんな表を作ってみました。

子供の頃の興味は誰かに強制されたものではなく、自分からやりたいと思ったもの。私の場合は子供時代と今が大体つながっています。例えばこのサイトは主に「模型を作る」「写真を撮る」「文章を書く」作業からできていますが、写真も作文も子供の頃から好きでしたので苦でもなんでもない。


一方、仕事に関してはやや微妙なところもあります。

機械工学を学び、開発要員としてメーカーに入り、数年間は実験や設計もやってましたが、同時に、

「電動士君、新製品の分解組み立てマニュアルのイラスト描けるか?」
(要するにプラモの組立説明書みたいなもんだな)習ったことないけどやってみます」

で、当時描いたのがこれ。40年ほど前ですから烏口(からすぐち)とかロットリングを使ったアナログ作業。
 


 

次はマンガ。

「電動士君、マンガ描けるか? 取扱説明書なんだが」
「ちょっと見せてください。ぬひゃひゃひゃ。何これ股間にフラワーだれが描いたんですか」
「印刷会社にやってもらってた。で、描けるか?」
「”私なり”で良ければ」

結果はこんな感じ。今見ると冷や汗ものですけど。

そんなことしているうちに「技術わかる奴が販売マニュアルも作れ」 「カタログ作って宣伝文句も考えろ」 「テレビCMもな」 「リリース書いてマスコミ対応もな」と仕事が増え、気づいたら実験や設計にはほとんどタッチしなくなっちゃいました。

「社長、”技術係長”の名刺を出すと怪訝な顔をする新聞記者がいるんですよ」
「確かにそうだな。じゃあ広報部門を作ってやる。名前は広報課、広報室のどっちがいい?」
「広報室の方がかっこいいですね」
「あとな、製品の見た目や色も売れ行きに影響するから、製品デザインもな」

・・・・・

ただ、入社して何年か経った頃、大学の同窓会での教授(別の研究室)とのやり取りは、いまだに心のしこりとして残っています。

「で、今何やってる?」
「大体こんなことやってます」

「何のために機械工学を勉強したんだ」(←ここ、結構辛かった)

もし開発部門で研究や実験、あるいは設計を続けていれば、それはそれで面白かったんだろうけど、当時の社員数は100名ちょっと。広報・販促物・デザインなどはほとんど外注していた中、「何かできそうな奴が入ってきた、これ幸い」となったのは自然の流れだったのでしょう。
”仕事に関してはやや微妙”ってのはそういうことです。

ただ今回色々まとめてみると、自分の資質は純粋にモノづくりすることより、その商品が売れている姿をイメージしたりお客に商品の良さを伝えることに向いているらしい。 だから自分の40年のキャリアも悪くなかった・・・と信じることにしました(ここ重要)。

趣味に戻りますが、時々
 「こんなホームページは辞めてしまい、日々黙々と模型を作ればもっと手の込んだ作品が生み出せ、そっちの方が面白いんじゃないか」
と思う時があるんですよ。おそらくそれは「最上志向」「コミュニケーション」のせめぎ合い。でも総合的には「コミュニケーション」が勝っていると思うのでこのサイトも続けて行くでしょうね。

何れにせよ「未来志向」「目標志向」も持っている私は”暇を持て余す退職者”にはならなくて済みそうです。ありがたやありがたや。

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40〜50代のおっさんへのアドバイス

・「ストレングス・ファインダー」については非常に簡単に書いています。もし興味があれば何冊か本を読み、自己診断してみることを推奨します
・今これと言った趣味がない人も、子供の頃を思い出すことで今後飽きずに続けられる趣味を再発見できるかもしれません



「”あの世はない” と思う方は手を挙げてください
」「はい!」 ・・・18/9/1

今回の記事、本当はお盆前に出そうと思っていたんですけど、何度書き直しても満足できなくて9月になっちゃいました。でもボツにするのも悔しいのでアップします。 宗教ネタはそれだけデリケートで難しいってことでしょうか。

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かなり以前、高齢で亡くなった方の葬儀に参列した時のこと、 ご導師(住職)様が法話の途中で

「皆さんの中で ”あの世はない” と思う方は手を挙げてください」

とおっしゃったんです。

私は手を挙げました。

奥さん 「あんたのことだから挙げるかなと思ったけど、やっぱりね」
私   「他にどのくらい挙げたのかな?」(←結構前の方に座っていたので後ろの様子はわからない)
奥さん 「ほとんどいなかったと思うわよ」

「死後の世界はない」と思っている人の割合ですが、調査対象や時期によってばらつきはあるものの、日本人では大体3〜5割くらいになるようです。 だったらもっといてもよかったはずなんですが、皆さん空気を読んだんでしょう・・・葬儀の場だし。
 
そんな私ですが、決して宗教をないがしろにしているわけではありません。
自分のお寺さんのところには新年とお盆(盆一日と13日の墓参り)にお布施を持って必ず顔を出します。 また毎年、崇敬神社の神主さんに新年清祓をお願いしています。最近は地元の氏神神社のお世話役もやり始めました。

 

 



そうしていながら「あの世はない」だけでなく「霊魂はない」「神も仏も実在はしない」と思っているんですが、そこに矛盾は感じていません。
 
比べたら失礼なのかもしれませんが、例えばグッズやフィギュアを集めたりコスプレするほど好きなキャラクターがいたとしても、そのキャラが「実在」していると思っている人はいないでしょう。アイドルだってまあ似たような存在。 それをちゃんとわかっていながら人はキャラやアイドルを好きになり、中にはバーチャルアイドルと結婚式を挙げる人もいます。その人の心の中には間違いなくアイドルは「存在」し ているのでしょう。
私の中での宗教もそれに近い。

そもそも宗教が生まれた理由ですが、

@ 自然災害・生き死に・病気・運命など、どうにも納得できないことには何らかの超越的存在が関わっていると思った
A だったら願望をかなえたり身を守るためにも超越的存在にすがりたい
B 死んだら終わりじゃ死にきれない。だから肉体と魂は別物と考えた
C いつか死ぬことを踏まえ、生きる意味を知りたいと思った
D 集団を統治する道徳や規範は「神からもたらされたもの」だと言うと人々も納得して受け入れた(特に一神教)


あたりかなと思います。

日本の場合、信者が多いのは「神道」と「仏教」ですが、神道はご先祖様や昔の偉い人などが我々を守ってくださると考える祖霊信仰で、@〜Bの要素が強い。

一方仏教は本来

・どうすれば人は苦しみから解放されるのか
・意義ある生き方は何か
・幸せに生きるには日々何を実践すればよいのか


など探求してゆくもので、どちらかと言えば哲学に近い。上で言えばC中心。

でも仏教は世界各地に広がる間に他の宗教の要素が混ざったり、日本に伝わってからも神道とくっついたり引き剥がされたりしてきたため、今はおおむね

お寺・・・葬式・墓・お盆・年季
神社・・・初詣・七五三・結婚・祭り・祈願・お祓い

と棲み分けていますが、本来の成り立ちで考えるなら 「葬式は神社が受け持つべきじゃないか」 とか 「お寺は本業のカウンセリング・セラピーにもっと力を入れるべきじゃないか」 とか思うんですけどね・・・今更ですけど。

ではなぜこんな風に宗教がどんどん形を変えていくのかと考えると、それは今伝わっている「教え」が「公式」ではなく「二次創作」だからじゃないかと思います。

イエスの教えは新約聖書、釈迦なら数多くの経典がその根拠になっていますが、どちらも本人が直接書き記したものではない。弟子達が記憶を頼りに「あのお方はこう だった」とまとめたものです。
また、直接教えを受けた人もいなくなると自分なりに解釈した経典がどんどん増えていきます。その一つ一つは偉い人達が命を削る思いで書いたのでしょうが、例えば「意義ある生き方」に対する考察結果は人それぞれだから、
「こっちの経典の方が優れている」
とか
「お前の解釈は間違っている」
と仲間同士でも意見が分かれ、ついには一緒にやっていけないと袂を分かつこともおきます。これがいわゆる宗派ですね。

これがアニメだったら「原作」や「公式」があり、その世界観から極端に逸脱した二次創作を作ると時には面倒なことも起きるのである程度の節度は守られると思いますが、宗教はやりたい放題の世界。極端に言えば人の数だけ宗教がある。

私はそんな立ち位置なんで、仏壇と神棚が並んでいても変だとは思いません。

仏壇・・・直接のご先祖様と生き方担当
神棚・・・この地に住んでいる人々の幸福担当


とイメージしています。

とまあ今回は身も蓋もない話になっちゃいましたが、人は何らかの虚構(フィクション)を信じることで地球を支配した生き物。あの世は理屈の上では存在しない(≒証明できない)と考えていても、心の中では大切にすることで今の生き方を良くできるなら、それもいいかなと・・・。

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追記

・神道と仏教が共生してきた歴史は、例えば「神仏習合(本地垂迹説)」「寺請制度」「廃仏毀釈」などをキーワードに調べていくと面白いです。

・釈迦はあの世とか霊魂については「無記」、つまり「そんなことを考えるより、もっと大事なことに目を向けて修行しようよ」という立場を取っています。 そのためもあってか、霊魂の存在を肯定/否定するかは宗派によってかなり見解が違っています。
 
・念のため書いておきますが、本来二次創作は勝手にやってはいけないもの。アニメやゲームなどの世界で無許可の二次創作が数多くあるのは「公式」側にもメリットがあって目こぼししているからでしょう。

 



「人口ピラミッド考
」 ・・・18/6/30

先日某所で燕の巣を見つけ、暇だったので小一時間ほど様子を眺めていました。

雛は3羽、もうかなり大きくなっていて、番(つがい)の親鳥が入れ替わり立ち代り餌を運んできます。

親鳥は餌を与えるとそのまま空中高く飛び上がり、羽虫を捕まえては戻ってきます。 時々近くの電線に止まって休憩しますが、ほとんどの時間空中にいられる体力には驚きます。

何日かすると巣立ちして自分で餌も獲れるようになるんでしょうが、飛び方がおぼつかない時期はカラスなどに襲われて命を失うことも多いとか。

また秋になったら暖かい南の方に渡ることになりますが、何千キロもの旅で脱落するものも多い。

 


 

 

 

私は燕に詳しくはありませんが、例えばここに2羽のつがいがいたとして、 その後表のようになると人口(燕口)は維持できることになります。

 

非常に厳しい世界ですが、燕はまだましな方かもしれません。魚は一回に何万、何十万の卵を産みますが、成魚になるのはごく一部ですから。

 

 

また蛙は種によって産む卵の数がまるで違うそうですが、生んだらほったらかしか、ある程度育てるかで生存率が変わってくるからですね。

無事生き残れるか・・・、そのほとんどは「運」なんでしょうが、個体毎の「体力・注意力」もあると思います。

 

 

 

 

 

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では人間の場合はどうなんでしょう。

昔、生物の授業の中で当時の私にはとても印象に残る話がありました。

先生 「昔は体力的に虚弱な子供、あるいは何らかの障害を持って生まれた子供の多くは大人になれずに死んでしまった。だから彼らは子孫を残すことができなかった。 自然淘汰の世界ではこれは当たり前の掟であり、人間以外の動植物は皆そうやって種としての強さを保っている。

だが今は医学が発達したので”弱い”子供も大人になれ、子孫を残せる。 虚弱な個体、障害を抱えた個体の割合が増えていけば人類は種としても弱くなり、社会の負担が増えたり絶滅の危険も増していく。

それがわかっていても人類はもう自然淘汰には戻れないのだ」

 

あれから40年以上経ちました。人類全体が虚弱な方向に進んでいるかはわかりませんが、少なくとも他の動物のような自然淘汰(自然選択)の原則に従わなくなったことは人口ピラミッドの変化を見てもわかります。

人口ピラミッドは”ピラミッド”と言うくらいですから、年齢別人口構成グラフが三角形(富士山型)になるのが一つのイメージです 。

でもどの国もピラミッド型をしているわけではなく、いわゆる発展途上国はそれに近く、先進国ではだいたい釣鐘型、つぼ型になります。

(グラフは https://www.populationpyramid.net/ にアクセスして作成)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本の場合も昔は上のようなピラミッド型でしたが、現在はこれがつぼ型、つまり子供の方が大人より少ない状態になっています。こうなると生産人口が減って国としての競争力が落ちるとか、高齢者を支える若者の負担が大きくなるとかの問題が起きてきます。

では本来のピラミッド型が良いのかとなると難しい。 そもそも人口構成がピラミッド型になっているってことは、

@ 生まれた子供が大きくなるに従って次々に死んで行く → 多産多死。人間以外はほぼこっち

A 毎年生まれる赤ちゃんの数が増えている → 人口増加

のどちらか、あるいは両方を意味します。

 

 

 

 

 

 

 

もし@だけの社会だったらどうなるでしょう。

「校長です。えー本日卒業式を迎えることになった195名の皆さん、おめでとうございます。

皆さんが小学校に入学した時の仲間は236名でしたが、この6年間に41名が亡くなりました。

理由は事故死14名(クマに襲われた者3名含む)、肺炎8名、結核6名、食あたり4名、その他9名(行方不明含む)となります。

卒業式を迎えられなかった友だちに黙祷・・・。

皆さんは卒業してからも健康に気をつけ、何とか二十歳まで生き延びて立派な大人になってください」

上の数字は大げさですが、明治時代、江戸時代はこれに近い感覚じゃなかったかと思います。国によっては今でも現実でしょう。

 

 

右のグラフは日本人の誕生世代別生存率。総務省のデータを自分なりに丸めてイメージ化したものです。

今の日本でも若くして命を失う人はいますが、その数が昔とまるで違うのがお判りかと思います。

特に昭和10年代生まれと20年代生まれの間に大きな差があるのは、戦後「栄養事情が良くなった」「衛生・健康に対する正しい知識が広まった」「医療・社会保障が充実した」などによるものでしょう。

 

授業の話を思い出すと、”ピラミッド状ではない人口ピラミッド”が本当に生物として理想の形なんだろうかと考える時もありますが、平成生まれなら9割以上の人が古希(70歳)を迎えられる現代は 、やっぱり前よりは幸せなんだろうと思うようにしています。

 

 

 

 

 

 

 



贈与経済ってどうよ」 ・・・18/5/29

人類の経済の発展段階をシンプルに書くとこんな感じになるでしょう。

自給自足(&略奪)→ 物々交換経済 → 貨幣経済

貨幣(お金)って便利ですよね。貨幣には

・価値を比較しやすくなる

・交換が便利になる

(肉と野菜を物々交換したくても「今日はいらない」と言われたら取引は成立しないが、お金を使えば好きなタイミングで手に入る)

・長期保管していても価値が落ちにくい
(生肉や生野菜はすぐダメになる。穀物は保管が効くので貨幣の役割も担える)

などの機能があり、よくまあ人類はこんな上手い仕組みを発明したなと感心します。

(昔のお金は宝飾品や貴金属など、それ自体に価値を持つものが一般的でした。ある時から「金貨預り証」という紙切れが一人歩きして紙幣に発展し、これを使って銀行家や資本家が美味しい 思いをするようになりました。よくもまあ人類はこんな狡猾な仕組みを発明したもんだと感心します)

じゃあ貨幣経済以前の人類には「自給自足」と「物々交換」しかなかったかと言えばそうでもない。間に「贈与経済」が入るとする学者先生も多く、私もそれが自然だと思います。

自給自足 → 贈与経済 → 物々交換経済 → 貨幣経済

動物で考えてみると、普段は自分で獲物を探す(自給自足)ものの、仲間に餌を分け与えるイヌがいたり、人に助けられたカラスが食べ物(ネズミとか)を玄関先に置いてゆくようになった ・・・などの事例もあります。 イヌやカラスが物々交換している様子は見たことないので、贈与経済は物々交換よりもプリミティブなものじゃないかと思います。

何はともあれ今の中心は貨幣経済。では物々交換や贈与経済は廃れてしまったかと言えば決してそんなことはない。
贈与経済の事例はちょっと思いつくだけでもこんな感じです。

贈与経済には

・通りすがりの人に対しては行われにくい。仲間・仲良くしたい人・敵対したくない近隣部族間などで発動しやすい

・直ちにお返しをしなくてもかまわないが、貰い手が返礼するまでの期間、送り手は精神的な優位を保てる(発言力・影響力が強くなる)

・与えた本人に直接お返ししなくてもかまわない場合もある

・受けた恩(借り)をずっと無視していると信用をなくしたり、呪われたり、戦いになることもある

といった性質があります。「貰ってラッキー、後はシカト」では済まされないのが基本です。



昔、模型フリマを主催したことがあります。
知り合いのモデラーさんたちに声をかけ、ストックを会場に持ってきてもらいお客さんに売るわけですが、

・開場前の準備中、他人が持ち込んだキットに目をつけた出品者同士でキットの交換大会が開かれていた(物々交換)

・時間中は激安販売で在庫を減らしていった(貨幣経済)

・夕方になると売れ残ったキットの押し付け合い合戦が始まった(ほぼ贈与経済)


と三つの見事なパターンを見ることができました。来た時よりも帰りの荷物が多くなった”贈与経済敗者”もいました。

プレゼント合戦(押し付け合い)に関しては、フリマの目的が不用品の一掃だったので、持って帰るくらいなら荷物を軽くしたいと思った部分が大きいんでしょうけど、上に書いたことを当てはめると「お互いを仲間として認識している」「これからも仲良くしたい」といった心理が働いたのかもしれません。

こんな風に色々考えてみると、あなたの身の回りでも物々交換よりも贈与経済の方がはるかに頻繁に行われているはずです。そもそも物々交換は貨幣が生まれてしまえば本来の役目を終えていますし。

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ではこのサイトの維持運営を経済の観点から見ればどうなのか。

先日の静岡の展示会では

「ホームページを楽しく見ています」
とか
「参考にさせてもらってます」
などと声をかけてくれる人が結構いました。どうやら私のサイトは誰かの役に立っているようなのですが、となると私は誰かに「価値」を贈与していることになります。

じゃあ返礼はどうなんでしょう。

「制作技法を真似させてもらってます」
と言われたら、その人の目をじっと見ながら
「お役に立てて良かったです。 あ、ここに募金箱が・・・なぜだろう」
と呟けば300円くらい入れてくれる人がいるかもしれません。

もちろんそんなことはしないのでご安心ください。確かにサイトを運営するために労力と費用を投入していますが、その見返りに「楽しさ」や「満足感」などの返礼を十二分にいただいています。
また時々キットなどをいただくこともありますが、これも全閲覧者を代表しての返礼なのかもしれません。



来年3月に定年を迎える予定です。それを機にもう一段ステップアップしたいんですが、どの方向が良いか色々考えています。
今の所ひとりでもできそうな案を10種類くらい、他の人と一緒にならできそうな案も10種類くらい、アイディアが浮かんでいます。
その中には制作代行、完成品販売などもありますが、どうもそちらは私のやるべき方向ではない気もします。

これまで働いている期間はどっぷりと「貨幣経済」の世界にはまっていましたので、フリーになったら少なくとも趣味では「貨幣経済」から距離を置きたい。そしてある意味原始的な「贈与経済」の世界で遊んでみたい。

ただ何度も言いますが「贈与経済」は贈り手が一方的に損する仕組みじゃありません。私からの「贈り物≒呪い」が時間をかけ、ぐるっと360度回って形を変えて私の元に戻ってくる。それを楽しみたいのです。

あ、そう言えばGiftって言葉の意味、英語だともちろん「贈り物」ですが、ドイツ語では「毒」となるって知ってた?・・・(余計なことを)。




「“目標達成で万歳三唱”・・・なんてことはなかった
」 ・・・18/3/27

長男が大学を無事卒業し、4月から東京で働き始めます。
逆に私の方はあと一年で定年。長かった勤め人生活ともおさらばの予定です。

新卒で入社して(正確に言えば「会社に拾われて」)からの40年を振り返れば、思い出は限りなくあります。

例えば
・開発や販促に深く関わった製品が大手価格比較サイトの「プロダクト・アワード」で金賞をいただいた
とか
・工業デザイナーと組んで斬新なデザインの商品を開発したところ売れ行き好調、会社の利益アップにも貢献できた

などは純粋に嬉しい記憶ですが、
 
・女性タレントを使ったエロかわいいCMが話題になった。感想も多数寄せられたが三分の一は苦情だった
とか
・製品に関する長文の質問(800字くらい)が寄せられた。こっちも本気になって技術的解説を3000字ほど返信したところ、某巨大掲示板に全文転載された(予想はしていた)。ただし「会社の中の人グッジョブ!」と添えられていた


となると、上手くいったのかしくじったのか良くわかりません。

いずれにせよ何かが上手くいった時は自分の中で小さく万歳するわけですが、40年仕事しててもこんな(↓)池井戸潤さん原作のドラマのようなシーンはなかったですね。


そもそも

「絶望的な状況が劇的に好転し、みんなで万々歳」

なんてシーンが生まれるのは、大抵は経営者が無能だったり当初の戦略が甘かったり社員に無理強いしていたからでしょう。だからそんな状況にならないに越したことはない。

そういう意味では小さな万歳を積み重ねながら「ああ今年も利益が出たね。みんなの給料も上がるね」とほっとする・・・そんな感じで40年過せたのは幸せだったような気がします。

でも私の世代はまだ良かったんですよ。経済も成長し人口も増えていく時代は自然と売上も給料も上がる場合が多かった。でもこれからの40年はそうはいかない。ではどうするか・・・ですね。

長男とはこの一年位、よくそんな話をしました。 勤める会社は彼が自分で決めましたが、間違いなく40年後も必要とされている業種。その意味で彼の判断を尊重したいと思います。後はその職場で頑張るだけです。


※上のイラストですが、長男に「発注」したものです。卒業旅行、引越し準備などで手元不如意な状況を知っていましたから、話を持ちかけたら喜んで受けてくれました。大した金額じゃないですけど卒業祝いの一つです。


「温度、湿度、確認大実験
」・・・18/1/30

今年の冬は例年にない寒さ。東京でも降った雪がなかなか溶けなかったり最低気温がずっとマイナスだったりして大変そうです。
こちら新潟は雪には慣れてますが、夜の間にどかっと降ると道路の除雪が間に合わなくて朝は大騒ぎですし、気温も例年より低いので水道の凍結防止にも気を遣います。もちろん暖房機器はフル稼働です。

以下は正月に戻ってきて自室でごろごろしていた子供達との会話です。

「部屋ちゃんと温めてる? ファンヒーターの設定は17℃か、寒くないのか?」
 

「これでも暑いくらいだよ」
 

「流石に若いな。ところで二人ともアパートじゃエアコン何℃にしてる?」
(←燃焼系暖房機禁止のため)
 
「24℃くらいかなぁ。それでもなかなか温まらないけど」
 

「エアコンだとそんなもんだろうな。ところで何で設定温度が7℃も違うのか説明できるか?」
 

「むむっ、んー」
 

「PMVって物差しだと、快適性は気温・湿度・風速・熱放射・着衣量・運動量の6つを考慮することになってるんだけど、エアコンで暖房するとファンヒーターより湿度が下がるし、暖かい空気を吹き降ろすから風速も高くなって不利になる。
 
また天井付近はどうしても床より温度が高くなるから、エアコンのセンサーが24℃でも人のいる場所はそれより低いだろう。
そんなこともあってエアコンの24℃とファンヒーターの17℃がだいたい同じ感覚になるんだろうな」
 

「へー」

 

話はそこで終わりましたが、言ったことには裏付けが欲しいので、その後何日かかけて以下の実験を行いました。

右は二人がごろごろしていた部屋です。もともとは次男の勉強部屋。

 

 

 
エアコンの低温暖房能力(外気温2℃の時の暖房能力)は2.6kW。

そこでファンヒーターは部屋にあった3.7kWタイプではなく、脱衣場で使っている2.5kWタイプを持ってきます。

 

 
温度と湿度測定には市販の乾球計を使います。安いデジタル式よりもはるかに信用できますので。

乾球計はエアコンやファンヒーターの温風が直接あたらない場所に置きます。

三脚にセットしたカメラでズーム撮影し、0.1℃単位まで読み取ります。

 

 
「Sprungの公式」から湿度を計算します。
 
予備実験により、エアコンを24℃に、ファンヒーターを20℃に設定した時にどちらも室温が21℃程度になることが見えていましたので、そのように設定します。
 
結果はこうなりました。おおむね予想していた通りですが、湿度はもう少し下がると思っていました。

 
湿度に10%の差があります。計算式(「ミスナールの式改良版」)に入れてみると体感的にはファンヒーターの方が0.5℃ほど暖かく感じるはずです。

あ、もしかしたら
「どうして湿度に差が出るの?」
とか
「そもそも部屋が暖まるとなんで湿度が下がるの?」
とか思っている人、いますか?

 
ファンヒーターで湿度が下がりにくいのは、化石燃料が燃えると水蒸気を発生するからです。 図はアルカンの中で最も単純なメタンの例ですが、燃えると水蒸気が出ることがわかります。
 
都市ガス・プロパンガス・そして灯油も中味はほとんど水素と炭素ですから、同じようなことが起きます。

室温が上がると湿度が下がる理由は、飽和水蒸気圧(中学の時に習った)で説明できますが、・・・あ、もうすでに脱落しかかっている人もいるようなのでやめておきますね。

 

 
今回の実験をまとめます。 得られた結果は
・エアコンを24℃に、ファンヒーターを20℃に設定した時に、部屋の温度はどちらも21.5℃程度になった
・エアコン暖房の湿度は50%、ファンヒーターでは60%だった(計算では体感温度で0.5℃違う)

でしたが、実際に部屋に入ってみると、エアコンで暖房している部屋は微妙に肌寒く、ファンヒーターは逆にちょっと暑いくらい。もう2℃ほど下げてもかまわないのではないかと思いました。
 
その差はおそらく風のせい。今回は風速計まで使わなかったので正確なことは言えませんが、もし風速が0.4m/s違うとなると、体感温度は計算上2℃ほど変わります。
 
以上により子供達との会話の疑問はおおむね説明できました。めでたしめでたし。
 
一通りやってみてあらためて感じたのは新潟の湿度の高さです。エアコンで暖房しても50%ですから。

でもこれが関東地区ですと外はもっと乾燥しているので暖房時の湿度は20%を切ってもおかしくありません。このレベルに下がると肌が乾燥したり、のどが荒れてインフルエンザにかかりやすくなったりします。

エアコンや床暖房などで部屋を暖めているなら、加湿器などでなるべく部屋の湿度を高めると良いと思います。体感温度も上がりますし。

寒さはまだしばらく続くようです。どうか体調を崩さずに、この冬を乗り切ってください。


西郷どんと陸軍分列行進曲」・・・18/1/11
「西郷どん」が始まりました。
NHKの大河ドラマは一昨年の「真田丸」は最後まで面白く見たのですが、去年の「おんな城主 直虎」は10回ほどでギブアップ。 奥さんは逆パターンでしたので、これは好みの問題でしょう。
「西郷どん」がどうなるかはまだわかりません。

今日は「西郷どん」に絡み、陸軍分列行進曲の話でもしようと思います。

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普段私達が聞いている音楽のほとんどは洋楽(乱暴に言えば五線譜で表される音楽だと思いますが、日本に洋楽がまともに入って来たのは明治維新前後から。

当時の日本は植民地化を防ぐためにも富国強兵に努めなくてはなりませんでした。軍隊の近代化も求められ、兵器調達はもとより西洋式用兵術の習得が急務でした。

それまでの戦(いくさ)は言わば「個人戦(一騎打ち)」。

「やあやあ我こそは何処何処の何某」

の世界だったのが、近代戦では指揮官が兵士を組織のユニットとして動かす「団体戦」が求められます。
そのために大事なのが機動、すなわち「行進」です。

江戸時代の日本には行進という概念はなかったはずです。あったのは「行列」。
(”大名行進”、”花魁行進”とは言わないものね。花魁が行進したら怖い)

歩速をそろえて移動するには行進曲が必要になります。そこでお雇い外国人に軍楽隊の訓練をしてもらったり日本独自の行進曲を作ってもらうわけですが、最初はとにかく上手くいかなかったらしいです。
何しろ行進したことのない民族だったから。

また西洋音楽はリズム、メロディー、ハーモニー、強弱、テンポなどの要素から成り立っていますが、邦楽ではメロディー以外はあんまり重視されていたとも思えないので、いきなり♩=116〜120とか言われても困っただろうな。

それでも何だかんだでスキルは上達していきます。

では日本で最初の行進曲は何かと調べていくと、どうもそれは明治19年にシャルル・ルルー(フランス陸軍軍楽隊長)が作った陸軍分列行進曲だと思われます。
この曲は現在でも陸上自衛隊と警視庁機動隊の公式行進曲になっていますね (ちなみに軍艦行進曲は明治33年だからずっと後)。

すごいなと思うのは、この曲のもとがルルーの作った軍歌「抜刀隊(明治18年)」で、西南戦争がテーマだってこと。

「抜刀隊」を簡単に説明するとこうなります。

・明治10年2月、西南戦争勃発
・田原坂の戦い(3月)で白兵戦発生。薩摩士族の抜刀斬り込み作戦で新政府軍に大被害
・それに対抗するため、警視隊の中から特に剣術に秀でた者を選抜し「抜刀隊」を臨時編成
・彼らの活躍もあって田原坂制圧
・9月、城山決戦で西郷隆盛自刃

ちなみに抜刀隊には元会津藩士も多数志願して戊辰戦争の恨みを晴らしたって話もあるけど、実際はそうでもないらしいです。

軍歌「抜刀隊」の一番の歌詞はおおむね

「敵の大将は西郷隆盛っていうすっげー英雄なんだけど、今回の戦いの義は政府軍側にあって相手は賊軍だから自信を持って戦え」

てな感じになっています。

だから観閲式などであの曲を流しながら陸上自衛隊が行進している様子を見ると

「薩摩の人、不愉快に思わないのかな」

とか

「そもそも西南戦争で地元のカリスマ、西郷隆盛が死んだことについて、鹿児島の人は今でも新政府に恨みみたいなものを持っているのかな」

などが気になったりしていました。 その疑問をずっと抱いていたので、2009年に鹿児島に行った時に地元の人に聞いてみたことがありますが、皆さんの答えは大体こんな感じでしたよ。

「そんなこと思ってませんよ。大久保はんもいますし」

何れにせよ「西郷どん」にはこれから有名どころも多数出てくるだろうし、一年間面白く続いてくれればと思ってます。そして鈴木亮平の代表作になってほしい。今の所まだ私の中では「変態仮面」なんで・・・。

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追記:

以下はYouYubeへの直接リンクなので、しばらくしたら消すかもしれませんが、「抜刀隊」や「分列行進曲」を知らない人のために。

二番までの歌詞を知りたい人に

最近の陸上自衛隊

警視庁機動隊  抜刀隊の成り立ちから言えばこっちが本家

当時の録音・録画と思われるもの  今まで聴いた分列行進曲の中で一番凄味があった