「輝く海軍航空隊」 昭和18年10月発行
 
おまみさんが書かれていたように、「艦」の下は「水」。誤植を修正した痕があります。

 

 
 
文章の中に「これから出来るボン・ホーム級」とあり、おまみさんもその解釈に困られたようですが、おそらくこれはエセックス級の「ボノム・リシャール (USS Bon Homme Richard」で、そのまま英語読みしたのではないかと(二人の間では)納得に至りました。

 

昔の人はやはり今より小柄だった感じです。とは言ってもほんの70年ちょっと前ですが。

 

ここからは本の最後の方にある母親の手紙。当時よくあるタッチです。

 

 
ここからは本ではなく、家にある古いアルバムから。

死んだ親父は予科練で、そのアルバムの中にこんな写真があります。

本にも似たような写真が使われています。

確かこれらの写真は、有名な写真家の土門拳さんが撮影し、プリントが一人一人に配布されたんじゃないかと記憶しています。

親父です。昭和19年ごろのもの。

 

こちらはお袋(前列中央)。昭和15年撮影なので、14歳。 母親にも14歳の時があるわけで・・・。

 

皇紀2600年記念式典。昭和15年ですね。お袋も写っています(中央右から五番目)

 

こんな写真もありました。
20年ほど前、同じ写真 を持っていた母親のかつての同僚が某新聞に写真とエピソードを投稿して記事になったものです。

空襲の際、お袋も長岡にいたのですが、市街地ではなかったため直接の被害はなかったわけですが・・・。

なんだかんだとあっても二人は終戦を迎え、その後知り合って一緒になり、私が生まれたわけです。

写真は昭和33年前後だと思います。